外国籍の子どもが増えるものの、指導体制の整備は進まず
文部科学省の「令和5年度 日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」によると、2023年度における日本語指導が必要な外国籍の児童生徒数は5万7718人で、2021年度の前回調査時より約1万人増加している。これらの児童生徒が存在する学校数も9932校と約1500校増加しており、学校現場での日本語指導のニーズが高まっていることが読み取れる。

しかし、同調査において、日本語指導が必要な児童生徒等の受け入れに際しての指導体制を「整備していない」と回答した自治体は45.5%、日本語指導の支援者(※)の雇用・登録人数を「0人」と回答した自治体は62.1%に上る。
※学校において外国人の子どもの支援などを行う外部人材
日本語指導の支援者を雇用・登録している自治体でも常勤雇用は約12%にとどまり、多くは下図のとおりボランティアや会計年度任用職員に頼っている状況だ。日本語指導を必要とする外国籍の児童生徒が増えているにもかかわらず、その指導体制の整備や人材の確保が追いついていない現状が浮かび上がってくる。

日本語指導の支援者がいない中、教員たちが試行錯誤
日本語指導を必要とする外国籍の生徒の受け皿の1つとなっているのが、中学校夜間学級、いわゆる夜間中学だ。何らかの理由で十分な義務教育を受けられなかった人のための学びの場である夜間中学は、2025年4月時点で41都道府県・指定都市に62校が設置されている。
2023年に開校した静岡県立ふじのくに中学校は、磐田本校と三島教室から成る夜間中学だ。磐田本校では約7割が、地域の中学校を卒業して間もない外国籍の生徒だという。
その背景について、磐田本校教諭の青木正文氏は「静岡県西部は製造業が盛んな地域で、1990年の入管法改正以来受け入れてきた外国人労働者の方々がご家族を呼び寄せることが増え、現在はそのお子さんたちが本校や地域の小・中学校に在籍している状況」と説明する。

静岡県立ふじのくに中学校磐田本校教諭
講師時代よりメディアリテラシー教育に関わりICTに長年取り組む。磐周地区情報教育研究部長や磐周地区特別支援教育研究部長を経て、2024年より現職。社会科と日本語の授業、ICTを担当しつつ、教務課長を務める
同校には、日本に来たばかりの生徒が日本語を学ぶことを希望して入学するケースや、地域の中学校を卒業したものの日本語習得が十分にできなかった生徒が高校進学に向けて日本語力を高めるために入学するケースが多いという。
同校では、生徒の日本語力や学習の定着度に応じて、日本語指導は行わずに中学校の全教科を学ぶ「教科学習コース」、教科学習を通して日本語を学習する「学習言語コース」、日本語指導に重点を置く「初期日本語コース」の3つのコースを設置している。2025年度の初期日本語コースに在籍している生徒は、高校進学を目指すクラスと就職を目指すクラスに分けて指導を行っている。
現在は7人の教員が自らの専門教科の指導の傍ら、計3クラスの日本語の授業を担当。日本語を指導する専任教員は配置されておらず、指導方法については2023年の開校当初より試行錯誤を続けてきた。
「1年目は9人が入学し、大半の生徒が日本語の習得に課題があったため、授業時間の半数以上を日本語学習に充てました。しかし、学習意欲を継続させることが難しく、出席率もあまりよくありませんでした。その反省を踏まえ、2年目は生徒たちが翻訳アプリ『Microsoft Translator』を活用する形で教科指導の時間を増やしましたが、教科の言語の理解は深まったものの、日常生活に必要な日本語能力の向上には課題が残る結果となりました。母語への丁寧な翻訳が日本語学習の妨げになったのかもしれません」
そこで青木氏をはじめ、多くの教職員が2年目の後半に日本語学校で研修を受け、日本語指導のカリキュラム整備を学校の体制として行ってきた。授業実践の中で「日本語指導は国語の教科指導の同一線上にはない」と実感した青木氏は、日本語の習得にはドリル教材を用いた反復学習も必要だとの考えに至ったという。
こうした模索を経て、同校は「すらら にほんご」を2025年度より導入した。これは、読み書き・語彙・文法などを、AIが学習者の理解度に応じて出題するオンラインドリル形式の日本語学習教材だ。アニメーションを用いたレクチャー機能などもあり、生徒が自学自習を進めやすい設計になっている

(写真:すららネット提供)
同校では、日本語学習と教科学習の双方において、高校進学を希望する生徒の学習支援に役立てたいとの狙いから、小学校から高校までの教科学習に取り組めるICT教材「すらら」と併用する形での導入となった。
「すらら にほんご」は、英語、インドネシア語、カンボジアのクメール語の3カ国語対応のため、同校で最も多いフィリピン系の生徒は英語版で対応できるが、ネパールや中国にルーツを持つ生徒には、画面をキャプチャして翻訳ツールで翻訳しながら学習を進める方法を教員が指導しているという。「昨年度から翻訳アプリは使い慣れており、問題のパターンに慣れてくると、翻訳を常時必要としなくなる場合もある」(青木氏)とのことで、学習に大きな支障は出ていないそうだ。
ICT教材で、生徒の日本語習得はどう変わった?
2025年度の1学期は、初期日本語コースでは週9.5コマ、学習言語コースでは週5.5コマの日本語の授業を実施。いずれのコースも、そのうち1コマを漢字学習、1コマを「すらら にほんご」での学習、残りのコマを教員による授業に充てた。
教員による授業では日本語学習教材を用い、自己紹介をする、買い物に行くといった身近な場面の設定に沿って、話す・聞くなどの活動に取り組んでいるという。
「すらら にほんご」を活用した授業では、基本的に生徒が自学自習を進め、教員はつまずいている生徒に個別に声をかけながら支援を行う。必要に応じて一斉指導を行うこともあり、例えばある生徒が「本」という数詞には「1本(ぽん)・2本(ほん)・3本(ぼん)」と複数の読み方があると気づいたことをきっかけに、クラス全体で学習する機会を設けたこともあるという。

「すらら にほんご」の活用を始めた生徒17人を対象に行われたアンケート調査では、活用前と比べて「日本語学習が楽しい」と回答した生徒が約88%、「日本語の授業がわかるようになった」と回答した生徒が約90%に上る。教員の目から見ても、よい変化があるようだ。
「日本に来て間もない生徒は、日常生活で使える日本語の語彙が増えたように思います。最初は問題がほとんど解けなかった生徒が繰り返しドリルに取り組み、初めて100点を取れた時はクラス全体で称賛して盛り上がったこともありました。日本語がある程度理解できている生徒は、『高い』という形容詞を『高かった』と活用できるようになる、助詞を正確に使えるようになる、ことわざがわかるといった成果が見られました。日本語がわからない状態だと日常会話で笑うタイミングがずれることがあるのですが、そういったことも減りました。読み書きだけでなく、話す力や聞く力も伸びているように感じます」
生徒たちは基本的に母語が同じ生徒同士で会話をすることが多いそうだが、しだいに母語が異なる生徒同士が日本語を使ってコミュニケーションを取ろうとする場面も見られるようになったという。
「教員の負担軽減」にも効果、「進度のばらつき」は課題
また、ICT教材の導入は、教員の負担軽減にも効果があったそうだ。
「『すらら にほんご』の導入当初は、生徒が継続的に取り組めるように計画を立てるなどの準備が必要でした。しかし、一旦軌道に乗ると、AIが生徒それぞれのつまずいている部分を繰り返し学習できるような出題をしてくれるので、教員は手間がほとんどかかりません。行事や保健指導などの際にも、教員がわかりやすい日本語で伝えれば翻訳なしでも生徒が理解できる場面が増えたことで、入学当初に比べると教員の負担は軽減されたように思います」
文科省の調査によると、学校での日本語指導においてICT端末等を活用している自治体は全体の39.0%で、いまだに半数以上の自治体では活用が進んでいない状況だ。日本語教育におけるICT教材の可能性について、青木氏は次のように話す。
「多くの夜間中学が、日本語教員の人材不足という課題を抱える中、ICT教材は補完的な役割を果たせる可能性があるのではないでしょうか。また、通常の小中学校での外国籍の児童生徒に対する日本語指導は取り出し授業の形で行われることが多く、時間も限られています。そのような場面でICT教材を活用したドリル学習を行うことは効率的で有益だと思います」
ただ、ICT教材活用にあたって、指導の面では課題も残されているという。例えば、日本語がほとんどわからない生徒に対する指導の導入が難しいと青木氏は話す。
「どのように指導を始めれば高い意欲を維持しながら学習を継続できるのか、手探りです。重要な言葉は事前に翻訳するなど準備はしますが、それでも伝わらない場合は身ぶり手ぶりを交えて説明するしかありません。『すらら にほんご』は日本語検定のN5レベルからの学習が可能ですが、そのレベルに達するまでの日本語学習歴が短い生徒向けのコンテンツも必要だと感じています」
また、ICT教材は端末があればどこでも学習できるので、空き時間や自宅学習で熱心に自習を進めていく生徒がいる一方で、就労している生徒は授業以外で取り組む時間を確保することが難しいケースもある。
「生徒の進度にばらつきが見られる現状を改善するためにも、初期日本語コースでは2学期以降に『すらら にほんご』に取り組む授業を週1コマから2コマに増やすことや、担任の日本語授業の内容とリンクした指導も検討しているところです」
指針や研修体制が確立されていない「現場頼みの現状」
文科省の調査では、教育委員会における日本語指導が必要な児童生徒等の教育に関する研修を実施している自治体は19.6%にとどまる。夜間中学の日本語指導は確立された指針や研修体制がなく、学校単位で研修先を探したり、教員が自主的に学んだりしているケースが多いと推測できる。
実際、青木氏たちも日本語学校で研修を受けるほか、数十年の歴史を持つ大阪府の夜間中学なども見学したという。しかし、「他校のノウハウだけを借りようとしても、その内容の本質を理解できていないと、そのまま活用するのは難しい面があります。ゼロからのスタートとなった本校では、試行錯誤しながら自分たちに合う方法を見つけていく必要がありました」と振り返る。
こうした“現場頼み”の現状の改善に向けて、文科省は2025年度、夜間中学での日本語指導の指針作りに動き始めている。現場教員の負担軽減のためにも、ICT教材の活用例なども含めた具体的な指針策定や好事例の共有が待たれる。
(文:安永美穂、注記のない写真:静岡県立ふじのくに中学校提供)