言語脳科学者が警鐘、デジタル機器が「子どもの言語理解」を阻害する危険性 研究でわかった「紙への手書き」のメリットとは

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教科書の中身も重要です。今は論理的思考が重視され、散文やエッセイが好まれていますが、むしろ優れた文学作品を選ぶべきでしょう。文学作品は感性とより深い解釈が求められ、効率的な理解ができないからこそ、その余地が想像力を高めてくれます。

芸術に関わる能力の基盤も言語能力であることが、われわれの研究で明らかになっており、国語はあらゆる教科の基礎と言えます。音楽表現も言語表現に近い構造化を伴うことがわかってきていますので、音楽や美術といった芸術の時間も大切にしなければいけません。

「想像力の深まり」を教育の成果だと捉えて人を育てる

――「個別最適な学びと協働的学び」が推奨される中、家庭学習や探究学習、読み書きに困難がある子どもの学習などにおいて1人1台端末を活用する学校も増えています。こうした活用についてはどうお考えでしょうか。

繰り返しになりますが、効率重視のデジタル機器は人間の能力を高めるようにはデザインされていません。タブレット端末で指によるタッチ操作を使っているために、ペンを使えない子も出てきています。脳の認知機能や身体機能に対する影響など、人間のことを考えずに設計されたものを使うのは危険です。

探究学習そのものは効果が高いのですが、タブレット端末を使い「検索して発表」で終わっている現場も多いのではないでしょうか。それでは理解がまったく深まりません。タブレット端末を活用した学習では機械に使われてしまう分、主体性がなくなるでしょう。

さまざまな理由で学習に困難のある子どもたちに対しても、本気で個別の対応ができない限り、現状のデジタル機器だけでは限界があります。例えばろう教育では、少なくとも手話通訳者が必要ですが、配置されていません。 そうした現状を踏まえると、機器のオプションが多くあっても適切な調整は難しく、一律の公教育で個別最適な学びは実現できないでしょう。

――AIをはじめテクノロジーが進展する時代において、どのような人材を育てるべきだと思われますか。また、教員は教育活動において何を大切にするとよいでしょうか。

自分とは異なる他の価値観を許容し、それに対する思いやりを発展させていくことができるかどうか。まずはそうした想像力の深まりを教育の成果だと捉えて人を育てることが大切だと思います。そのうえで、未知の状況に直面したときに、自分で合理的な判断をして行動できるような知的な素地をつくることが、最低限求められるのではないでしょうか。

学校の先生方に求められることは今も昔も同じで、子どもたちの人間形成に対して親のような責任をもって見守ることです。あくまでもデジタル機器は手段にすぎません。とくに小中学生においてはタブレット端末の機能を制限する必要があるでしょう。これまで述べてきたように、早い時期からデジタル機器に触れていると、十分な言語理解が阻害され、すべての思考や学習にも影響してきます。

もちろん、コロナ禍で学んだように、体調が悪い日も遠隔で授業が受けられるなど、最低限のタブレット端末の活用はあったほうがよいでしょう。しかしその際も、AIやSNSなどの機能を制限した端末を使うことが必要です。

デジタルのよさとして「効率」ばかりが強調されますが、それは「脳を使わない効率」なのです。そのことを踏まえ、脳を生かす教育をデザインしなければいけないと考えています。

(文:國貞文隆、注記のない写真:horiphoto/PIXTA)

東洋経済education × ICT編集部

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小学校・中学校・高校・大学等の学校教育に関するニュースや課題のほか連載などを通じて教育現場の今をわかりやすくお伝えします。

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