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<この度は、森様にお願いしておりました企画を、弊社の一方的な都合により中止し、心よりお詫び申し上げます>
「企画中止に関するお詫び」と題された2024年8月22日付の文書はそう始まる。差出人は中央公論新社社長の安部順一、宛先が私である。表題通り、拙著『魔窟 知られざる「日大帝国」興亡の歴史』(東洋経済新報社)の出版中止に関するいわゆる詫び状だ。
なぜ、予定してきた出版の企画がとつぜん中止されたのか。そこについて私は『魔窟』の謝辞で、「本書は当初、中央公論新社から出版する予定でおりましたが、ある事情により叶わず」と記した。
ある事情とは何なのか。すでに拙著をご高覧いただいた読者の方々には、察しがついているのではあるまいか。単行本発売直後の昨年12月24日付の東京新聞名物コラム『大波小波』では、いち早くここに目を止めた。「日大の闇と新たなタブー」と題し、次のようにコラムを結んでいる。
<ある事情とは何か? 圧力か? 林真理子への忖度か? 林は中央公論文芸賞の選考委員をしている。本の帯の背には『現在進行形のタブーに迫る』」と書いている>
「林真理子のタブーではないか」
本の出版以来、多くの方から感想をいただいた。Amazonのレビューでも「昭和100年的な組織が実在する面白味」「日大の闇を理解するには最適の本」と評価してくださる声がある一方、「ある事情とは林真理子のタブーではないか」という私への問い合わせも少なくなかった。結論からいえば、現実に彼女が理事長を務める日大問題では、メディアのタブーが存在した。そう感じざるをえない場面に出くわした。
日本一の学生数を誇るマンモス私大の闇を知りながら、見て見ぬふりをする。中央公論の出版中止は、最も端的にそれを物語っているといえる。残念ながら、日本のメディアの現実を突きつけられた気もする。何が起きたのか、敢えて詳細を描く。
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