そして意欲を示した福山市の三好雅章教育長(当時)らと同年11月には現地に視察に出かけ、翌年には統廃合の対象だった常石小学校をイエナプランに基づくカリキュラムに変更。2022年に全学年がそろったところで福山市立常石ともに学園として開校したのです。さまざまな条件が重なったとはいえ、このスピード感はですごいです。
この学校は特例校ではありません。教育の特徴は、教師から示された「しなければならない課題」と「自分自身が選択した内容」について、どのように学ぶかを計画して、それぞれに合った方法で自立的に学習するブロックアワーや、実際に世界で起こっていることについて教科で学んだことを活用し、グループのメンバーと協力しながら学習するワールドオリエンテーションです。
最も大きい違いは、週の初めに生徒自らいつ何を学ぶのか時間割を決めることです。これによって、主体的に学ぶ姿が見られるようになりました。結果、統廃合の危機にあった学校は、6年間で教育移住者が出るほどの人気校になりました。
ここから派生して広がったのが、自由進度学習です。常石ともに学園を視察した他校の教師たちが、生徒たちが主体的に学ぶ姿を見て、「この学校でこんなことができるのなら自分たちもやりたい」ということになり、2020年から自由進度学習を取り入れ始めました。モデル校となったのが廿日市立宮園小学校。今では県内100校以上にさまざまな形で取り入れられています。
教育委員会に現状を問い合わせたところ、義務教育課の担当指導主事は、「学校によって取り組み方はそれぞれですが、公立校は人事異動もある中で自由進度学習は広がっています。それはやはり子どもたちが主体的に学ぶ姿を見て、先生が手応えを感じるからでしょう。ただ、手法だけが先走ってもうまくはいかないので、『何のために』という目的を大事にするように現場には伝えている」といいます。
保護者からも「子どもが楽しみに登校する様子が見られて嬉しい。自由の中にしっかりした学びがある」と好反応だそうで、今後も研修などで共有しながら、主体的学びを進めていきたいと言います。自由進度学習の様子は、広島県教育委員会のホームページに実例が紹介されていますので見てください。
ほかにも、商業高校の抜本改革のためのアメリカ視察や工業高校の視察で徳島県の神山まるごと高専、農業高校のモデルとして愛知県立安城農林高等学校を訪問したり、ICT 教育推進のために熊本県の先進事例のレクチャーを受けたり、鳥取県や岡山県の先進的な図書館を視察に行ったり、よい取り組みがあれば自ら出向き、職員を派遣し、よいことは取り入れていったのです。このことが後に一部批判を浴びる遠因になったかもしれませんが、こうしてトップ自らが動くことで、職員も刺激を受けていったに違いありません。
仕事を20%カットし、必要かつ重要なことに時間を割く
直近10年間で義務教育段階の児童生徒数は1割減少する一方で、不登校の児童生徒が30万人近くになり、特別支援教育を受ける児童生徒数も倍増。今、日本の学校教育において、不登校の増加と特別支援教育を受ける児童生徒の増加は、大きな課題になっています。
広島県では、「特別支援教育の考え方を生かした個別最適な学び推進プロジェクト」を実施。不登校の生徒の居場所である学習支援センター「スクールエス」や学校内フリースクール「SSR(スペシャルサポートルーム)」をいち早く立ち上げるなど、積極的にプロジェクトを推進し、校内フリースクールの取り組みは全国に広がっています。
平川氏は、これらの運営に際し、教育委員会の組織を再編。不登校児童生徒の支援は自殺やいじめ、警察対応を行う「豊かな心と身体育成課」から「個別最適な学び担当」に移管。特別支援学級の指導充実を、特別支援教育課から義務教育指導課に移管するなど、攻めと守りをはっきりさせ、フレキシブルな組織体制を作ってこの課題に取り組みました。
「組織改革で意識したのは、心理的安全性が保たれ、自由にものが言えるカルチャーの構築でした。また、限りある人材を活かすために、今ある仕事を20%カットし、必要かつ重要なことに時間を割くことを徹底しました」(平川氏)
さらに、指導主事がスクールエスで直接子どもを指導したり、担当校に籍を置き、特別支援教室で直接子どもと関わって授業改善の提案を行うなど、これまではあり得ないと思われてきたことを次々と実行に移した平川氏。それは、「スーパーバイザーではなく、一人の先生として現場を見て仕事をしなければ変わらない」という意思を貫いたから。こうした改革を通して、職員もフラットな関係性の方が意見も出やすいことを体感し、教育委員会自体が主体的・対話的・深い学びをする組織になっていったのだそうです。