夏前に学校で教育を、「人は浮かない」ライフジャケット広める「サンタ」が警鐘 水辺の遊びが始まる前に子どもの水難事故対策
「大人だって不注意で転ぶことはあるし、人は溺れるときは本当に静かに溺れます。水飛沫も音もなく、すぐ近くにいたって気づかないほどです。足がつかない水深にいるとき、立った姿勢で、自分の体がどれぐらい水面から出るか知っていますか? 多くの人が『首から上ぐらい』と答えますが、実際は額から上ぐらいのほんのわずかな部分だけ。そういうことを多くの人は知りませんよね。事故が起きてしまったときに考えるべきは、彼らが水辺の危険についてどんな教育を受けてきたのか、あるいは受けてこなかったのかということではないでしょうか」
「これまで使ってこなかった」導入を阻む大人の心理的障壁
森重氏がライフジャケット着用を呼びかける活動を始めた当初は、「水泳の授業は、もしものときに備えて泳力をつけるためのもの。ライフジャケットを着けるなんて」と言う人もいた。だが実際にライフジャケットを体験した子どもは、「ライフジャケットを着ければ体が浮く」「着けなければ人間の体はそれほど浮かない」ということを実感する。この経験が、水辺での子どもたちの行動を変えると森重氏は語る。
もう一つ、森重氏がライフジャケット普及を進めるに当たって、「社会全体の課題」だと感じたことがある。製品の供給や安全性をめぐるルールが整っていないことだ。
「2021年には県内の小学校に150着のライフジャケットが寄贈されたのですが、それだけで2つの大きなメーカーの在庫がなくなってしまったのです。2012年、愛媛県西条市の幼稚園児が川遊び中に流されて亡くなる事故がありましたが、園の責任を問う裁判の判決では『救命胴衣を着けていれば助かった可能性が高い』と認定されました。つまり、監督者は子どもにライフジャケットを着けさせなければならないことが示されたわけです。それなのに、いざ準備しようとするとそれができない。そもそも流通量がまったく足りていないのです」
さらに、ライフジャケットの耐用年数や規格には、メーカーも明確な答えを持っていないと言う。船舶で使用する際には規格の定めがあるが、子どもが水辺で着る場合にはルールがない。「うるさく言っていたら、メーカーとともに規格を作る委員会のオブザーバーを、私が務めることになりました」と森重氏は笑うが、ライフジャケットはそれだけまだ「特別なときに着けるもの」と認識されているのだろう。そのため、香川モデルのように費用負担のない形にしても、他の多くの自治体ではそれを利用しようとしない。
「ライフジャケットはかさばるものなので、保管場所に困るとか、誰が管理するのかといった問題もあるのでしょう。でも一番の理由は、『今までやったことがない』『これまで使ってこなかった』という教育現場の心理的障壁です。大人の原風景の中にはライフジャケットがないし、水難事故への危機感もあまりないのだと思います」
森重氏が学校のこうした姿勢を具体的に想像できるのは、自身も2019年まで小学校の教員だったからだ。現在は妻の実家である石材店を継ぎ、ライジャケサンタとの二足のわらじで、忙しい日々を送っている。
「教員時代は筆舌に尽くしがたい苦労もありましたが、現場を離れるときには泣きました。決して後ろ向きに教員を辞めたわけではないし、今も教育から完全に離れたとは思っていません。先生方がどれだけ大変かも本当によくわかります」