AIは欧米諸国の「知能劣化」を加速させるのか E・トッド「民主主義」の終わりとその先の希望

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どう言えばいいのでしょうか。でも何よりもまず、私たちは謙虚でなければいけません。

私たちは「歴史とは何か」という感覚を取り戻さなければなりません。西洋思想や標準的な西洋イデオロギーの中心的な問題点の一つは、歴史意識の驚くほどの低下です。

私たちは、もはや長期的な視点で物事を考えなくなりました。「自分たちがどこから来たのか」「何を生き延びてきたのか」「何を成し遂げてきたのか」といったことを考えるのをやめてしまいました。

ある種の健忘症のようなもので、おそらく第2次世界大戦以降の貧困状態から裕福になったことのショックが容赦ないほど大きすぎたのでしょう。

まさしく、インターネット通信が可能で、豊かな都市生活への移行はショックが大きすぎました。そのため、私たちはかつての自分たちとの接点を失ってしまったのです。

自由民主主義のような概念は、過去について私たちが思い出す最後のものです。民主主義に向けて出発した国々であるアメリカ、フランスなどに住む人々はナチズムを完全に忘れてしまいました。ロシアの真の全体主義となった共産主義などについても忘れてしまいました。

すべて忘れ去られてしまいましたが、私たちはこれらすべてを生き延びてきました。そして今、私たちはおびえています。「民主主義が崩壊しつつある」あるいは「すでに崩壊している」という感覚があるからです。私たちはみなしごのようになってしまったのです。

たとえ「民主主義」が終わろうとも

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でも実際のところ、人類の歴史全体を見れば――偉そうに聞こえたり、人間の苦しみに無関心に聞こえたりしなければいいのですが――人類の歴史のほとんどは、民主主義ではありません。民主主義の後にも人生があるのです。その人生が何であるかはわかりません。

新しい何かが現れるでしょう。アメリカにとっては恐ろしいものかもしれません。しかし、世界の他の国々にとっては、むしろ楽観的な未来がやって来るかもしれません。

先進国の出生率の低さは本当に恐ろしく、私にとっては気候危機よりも恐ろしく感じています。というのも、先進国の人口の減少は人間の知性の低下にもつながるからです。

人は知性の担い手です。しかし、この部分には、私の姿勢におけるパラドックスがあります。将来における恐ろしい要素を指摘はしますが、私は悲観していないのです。

エマニュエル・トッド 歴史家、文化人類学者、人口学者

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えまにゅえる・とっど / Emmanuel Todd

1951年フランス生まれ。家族制度や識字率、出生率に基づき現代政治や社会を分析し、ソ連崩壊、米国の金融危機、アラブの春、英国EU離脱などを予言。主な著書に『グローバリズム以後』(朝日新聞出版)、『帝国以後』『経済幻想』(藤原書店)、『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』『第三次世界大戦はもう始まっている』(文藝春秋)など。

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