叱っても変わらない問題行動の背景に「トラウマ」、教員が知っておくべきこと 学校に必要なトラウマインフォームドケアとは
恐怖や不安などが強まる一方で、「怖い」「つらい」といった感情が感じられなくなるマヒ、過剰適応、過覚醒、体調不良などがあります。いずれも心を守るための反応ですが、問題行動に見えることがあるため、叱られてしまうなど周囲からケアされにくく、再び被害に遭ってしまうことも。そうなると助けを求めても無駄だと諦めてしまい、トラウマが雪だるま式に大きくなっていく子も少なくありません。いかに周囲が早期にその子のつらさをキャッチしてあげられるかが重要になります。
──TICとはどのようなものなのでしょうか。
身近な人に対して「トラウマの影響があるかもしれない」と考えて接することです。よく「トラウマのメガネを使う」という表現が使われますが、トラウマの影響を理解しながら、相手や自分の状態に気づき、さらに傷つけない対応をしていきます。
以前は、トラウマは「専門家にしか触れられないもの」と考えられていました。しかし、1980年代に米国で行われた研究では、高学歴で中流階級の中年期成人の約6割が、18歳までに家庭内で虐待やネグレクト、親のアルコール依存などの「家族の機能不全」を経験しており、そうした逆境的小児期体験が、現在の心身の健康や社会適応に悪影響を与えていたことが明らかになったのです。「そんなに多くの人が?」「過去のことで?」という驚きとともに、TICの概念が広まりました。
ほかの研究でも、トラウマは地域・人種・経済的事情などに関係なく、あらゆる人の身体的・精神的・性的な健康の問題であると確認されており、現在、TICは精神科医療に限らず、家庭・学校・地域・行政などあらゆる領域で行うべき公衆衛生のアプローチと位置づけられています。
──学校でもTICを取り入れるべきなのですね。
トラウマの影響による問題行動は、「暴言や暴力はよくないこと」という知識や指導だけでは変えられず、自分や他人を傷つけるリスクのある行動は続きます。子どもは「やめなさい」と言われても納得できず、「わかってもらえない」「自分ばかり怒られる」という被害感を強めて、教員との間に悪循環が生じるおそれもあります。親身になっても子どもの行動が悪化していくので、教員も怒りや無力感を抱くようになります。この怒りが体罰など不適切な対応につながることも。ですから、学校にこそTICは必要なのです。
学校で見られる「トラウマ反応」とは?
──学校ではどのような子どものトラウマ反応が見られますか。
トラブルとして目立つのは、過覚醒による落ち着きのなさ、多動、話を聞かない、攻撃的な言動など。例えば、家で暴力を振るわれている子が、友達の何げない言葉に反応して怖くなり、いきなり怒ったり友達を突き飛ばしたりしてしまうことがあります。
虐待やネグレクトを受けている、保護者のDV(ドメスティックバイオレンス)を目撃しているなど家庭が安全でない場合や、学校や地域でトラウマになる出来事(性被害や暴力被害、事件、事故など)があった場合、子どもはつねに人の目を気にして気配を察知するような警戒モードになるのです。こうした警戒モードを過覚醒といいますが、過覚醒の子は叱られるとますます行動が悪化していきます。
腹痛など体の不調に出るケースも一般的です。大人が子どもの話を聞かずに「仮病じゃないか」などと言ってしまうと、ますますトラウマが見えにくくなります。
大人の顔色を気にして頑張っていい子になってしまう子も、見過ごされやすいですね。家族のケアを余儀なくされて自分の気持ちを抑え込んでいるヤングケアラーも、学校ではお世話係として振る舞いがちで問題がないと見なされやすいです。こうした過剰適応の子たちは、思春期以降に不調を訴えることがあり、リストカットや過量服薬といった自傷行為で苦痛をなだめながら過ごしている子も多いです。