困り事がある子に必要な「ICTを活用した学びの保障」が学校で浸透しない訳 15年目「魔法のプロジェクト」から見た教育課題
知識やスキルも必要だ。とくにアクセシビリティー機能の活用は特別支援教育において必須だという。
「今のデバイスには音声入力や、キー入力の有効時間を遅らせるといったアクセシビリティー機能が備わっているので、例えば手の震えでキーボードがうまく打てない子も活用できます。こうした機能の知識や活用法を特別支援教育の場に広げられたこと、そして意欲的で優秀な先生が集まってコミュニティーをつくれたことも魔法のプロジェクトの大きな成果です」
しかし、目指すのは単なるICTの活用促進ではない。真の目標は「インクルーシブな教育環境の実現」だと中邑氏は強調する。
「例えば、特別支援学校の中でタブレット端末を使ってあいさつができるようになっても、実際にあいさつし合える多様な子どもたちが周囲にいなければ意味がありません。テクノロジーは操作の習得が目標ではなく、それを使って買い物や仕事、勉強、生活ができるようになることが重要なのです。魔法のプロジェクトでも、先生方にはその視点を忘れないでほしいといつも言っています。『テクノロジーを使って障害のある子が、ない子と同じスタート地点に立てる』ということは大前提であり、どんな子もその子に応じた教育を受けられるインクルーシブな環境と学校制度をつくれたらと考えています」
文部科学省もインクルーシブ教育システムの構築を推進しているが、2022年に国連から改善を求める勧告を受けた。なかなかうまく進まないのは、学校制度の問題が大きいと中邑氏は指摘する。
「現状、通常学級の先生が特別支援教育を学ぶ機会はほとんどなく、特別支援学校の先生も通常学級で行われている教科学習の指導ができません。現在の教員養成や学校運営はインクルーシブ教育が前提になっていないので、先生方は必要な専門知識を習得できていないのです。しかし、困り事は、障害者手帳を持っている人だけにあるのではなくスペクトラムな(境界線が明確ではない)ものなので、通常学級と特別支援教育の場をつなげる人材が必要です。例えば特別支援学校を改組し、特別支援の先生が地域の学校で重度障害の子を含む困り事のある子たちに授業をしながら、通常学級で学ぶ時間もコーディネートするという形は一つの手でしょう。ただ、その場合も知識や専門教育が必要になります」
不登校やギフテッドなどの増加が教育を変えていく
こうした背景もあり、今年度の魔法のプロジェクトのテーマは「インクルーシブ教育」だ。さらに、教員養成課程を持つ大学でアクセシビリティー機能の活用法などを教える出前授業も始めているという。

「本来はICT活用も大学の教育学部で教えるべきことですが、学校現場や教育委員会も学習指導要領に縛られており、予算や時間がなく研修にも盛り込まれにくい。だから民間の力を借りてこうした取り組みをしているのです。ちなみに私の研究室でも12月に『LEARN Teachers Academy』という先生向けの学びの場を立ち上げ、アクセシビリティー機能の活用やインクルーシブ教育の技術を無料で学べるコンテンツを公開するほか、奨学金を使える対面プログラムも予定しています」
学校が急速に変わることは難しいが、「変化の流れは来ている」と中邑氏は言う。