"名門"恵泉女学園大が「募集停止」に至った背景 「早慶MARCH」は年々、女子学生が増えている
女子大そのものをやめてしまった大学もある。10年以降では、文化女子大、東京純心女子大、広島文教女子大、東北女子大などだ。
恵泉女学園大が募集停止、という一報を聞いて、「あの恵泉が」と驚く大学、高校、企業関係者は少なくなかった。「あの」には恵泉は「名門」という思いが込められており、ブランド力があったからだ。
恵泉女学園大は1988年に開学しており、古い歴史と伝統があるというわけではない。50代以上の教育関係者にすれば、恵泉女学園短期大、恵泉女学園中学高校のイメージが強い。短期大学は1950年、中学は1947年、高校は1948年に開校した。その起源は1929年設立の普通部5年制学校にさかのぼる(短期大は英文科が1999年、園芸生活学科が2005年に廃止)。
名門短大に優秀な女子学生が集まった時代
1990年代ぐらいまで、「名門短大」というくくりがあった。
入試難易度が高く優秀な女子学生が集まった。そして、就職先は著名企業ばかりだった。恵泉女学園短期大もそこにカテゴライズされていたといっていい。
1983年、旺文社は「全国主要短期大学の入試難易度」を発表している。おもな上位校の「偏差値」は次のとおりだ(学科は英文、英語、人文など)。
上智短期大62.1、立教女学院短期大60.4、青山学院女子短期大59.9、恵泉女学園短期大59.9、東京女子大短期大学部59.2、学習院女子短期大56.7、東洋英和女学院短期大54.6
当時、明治大、法政大、中央大に合格したが、上智、青学、恵泉、東洋英和の短大に不合格というケースも見られた。
1983年、恵泉女学園短期大の就職先も見ておこう。
三菱商事6人、住友商事5人、東邦生命4人、朝日生命4人、三井物産3人、安田生命3人、日本興業銀行保険3人など(「週刊サンケイ」1983年4月27日号)。
男女雇用機会均等法以前の話であり、そのほとんどは総合職採用ではない。しかし、恵泉はこうした大手商社、生損保から絶大な信頼を得ていたことがわかる。
それは恵泉女学園大学が開学してからも同じだった。教育、進路指導は熱心に行われており、みずほフィナンシャルグループには2016年5人、2017年8人、2018年3人が採用されている(「大学ランキング」2018~2020年版)。