自分で決める力を培う「デジタル・シティズンシップ」教育が探究力も伸ばす 働き方や指導員不足にも挑む吉川市の実践ICT

(撮影:風間仁一郎)
広域・包括連携と多様な働き方が守る、もう一つの市民権
大西氏は吉川市のほかに、同じ埼玉県内の幸手市でも市教委のICT教育専門員を務めている。そうしたことから、吉川市と幸手市は互いの経験や教材を共有しながら、連携を取ってICT教育を進めている。大西氏はこのように、デジタル・シティズンシップ教育を「包括的」かつ「広域的」に行う必要性を説く。
「一部の市町村だけが熱心に取り組んでいても、全体の意識を変えることはできません。地域によって格差が生まれてしまうことも避けたいものです。企業と協働することも一案だとは思いますが、データや利益が得られない場合は協力してもらいにくい。吉川市では無料で使えるツールを教育委員会で独自に制作するなどしていますが、こうした成果をほかの自治体に公開し、どんどん活用してもらえたらと思っています」

また、広域的展開は、教育現場が抱える別の問題への対処法でもある。
「今、私は吉川市で週に2回勤務しながら、ほかの時間で幸手市や大学、他県での講演なども行っています。こうした形で人材を活用することができれば、地域にとっては情報共有の機会にもなり、教員にとっては多様な働き方の選択肢になります」
幸手市も吉川市も決して規模の大きな自治体ではなく、教員や指導員の数も限られている。教員のなり手不足なども取り沙汰される昨今、フレキシブルな環境で人材を育成し、効率的に動いてもらうことも重要な課題だ。松岡氏もこう語る。
「大西先生のおかげで吉川市のデジタル・シティズンシップは着実に進んでいますが、いずれは学校の担任が自分たちで考えて、直接子どもを指導できるようにすることが目標です。現在はそのための知見を蓄積している期間。毎日子どもたちと向き合っている教員だからこそ、ICT教育でできることもたくさんあると思います」
日本人にはピンとこない言葉かもしれないが、シティズンシップ=市民権には、「一人ひとりの権利や自由が保障され、尊重される」という意味がある。松岡氏の言う「学校の担任が自分たちで考えて、直接子どもに指導できる」こと、大西氏の言う「多様な働き方の選択肢」が示されること。これらは教員にとって大切な市民権といえるのではないだろうか。
人材育成や教員の働き方、スキルアップも含めて取り組む吉川市のデジタル・シティズンシップ教育においては、教員のシティズンシップも議論の範囲外ではないようだ。
(文:鈴木絢子、注釈のない写真:吉川市教育委員会提供)
東洋経済education × ICT編集部
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら