損失100億、シャインマスカット「中国流出」の痛恨 中国の栽培面積は日本の30倍、逆輸入の危機も

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海外での品種登録をしなかった理由について、農研機構の担当者は「当時は海外に積極的に出ていくことを想定していなかった」と語る。ただその結果、日本が被っている損失は毎年100億円を超えると農水省は試算している。

同様に、農産物の知的財産が十分に保護されなかった結果、海外に広まってしまった日本のブランド農産物はほかにもある。1990年代には柑橘類の「不知火」、イチゴの「章姫」や「レッドパール」が韓国に流出し、イチゴに至っては両品種が韓国のシェア8割を占めるまでに拡大してしまった過去がある。

こうした状況を食い止め、日本のブランド農産物を海外で保護しようと今年4月に完全施行されたのが、改正種苗法だ。

改正種苗法で何が変わった?

改正のポイントは以下のようなものだ。まず、正規に販売された種苗であっても、登録品種であれば開発者の許可なしに海外へ持ち出すことを制限できるようになった。

次に、品種登録の出願時には出願者が産地を指定し、それ以外の地域で栽培する際には開発者の許諾を得ることが必要になった。

さらに、登録品種を農家が自家増殖する際も同様に許諾が必要になる。許諾を受ける際には、品種によって許諾料を支払う必要がある。たとえば農研機構が開発者の場合、ぶどうやりんごなどなら1本あたり100円を同機構に支払う。

もっとも、改正種苗法も万全ではない。農産物の知財保護に詳しい農林水産・食品産業技術振興協会(JATAFF)イノベーション事業部の永田明部長はこう語る。

「接ぎ木で増やせるぶどうは小枝をポケットに入れさえすれば海外に持ち出せる。悪意による流出を完全に防ぐことはできない。そして現地で無断に栽培されていたとしても、大手種苗会社ならばまだしも、予算や人員の限られる公的な開発機関や個人の育種家などが権利侵害の有無を監視したり、損害賠償請求などの法的措置を取ることへのハードルは高い」

そこで農水省の有識者会議を中心に検討されているのが、開発者の権利を管理する第三者機関の設置だ。2023年をメドに、農産物の知財や国内外での侵害の管理、法的な対応などを行う民間組織を立ち上げる計画だ。

前出の永田氏は「国外流出や栽培をかたくなに禁止するだけでは問題は解決しない。開発者が認定した海外の農家などに独占的に栽培ができるライセンスを与え、登録料収入を得ながら現地での栽培を適切に管理する仕組みをつくることが必要ではないか」と指摘する。

日本の農業界の知的財産に対する意識は、今でも高いとはいえない。これから付加価値の高い特産品の輸出を拡大していくうえでも、実際に機能する知財の管理体制は不可欠だ。

印南 志帆 東洋経済 記者

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いんなみ しほ / Shiho Innami

早稲田大学大学院卒業後、東洋経済新報社に入社。流通・小売業界の担当記者、東洋経済オンライン編集部、電機、ゲーム業界担当記者などを経て、現在は『週刊東洋経済』や東洋経済オンラインの編集を担当。過去に手がけた特集に「会社とジェンダー」「ソニー 掛け算の経営」「EV産業革命」などがある。保育・介護業界の担当記者。大学時代に日本古代史を研究していたことから歴史は大好物。1児の親。

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