脅威均衡論を提示した名著 垣間見える「米国は特別」
評者/帝京大学教授 渡邊啓貴
本書は、国家間の同盟の根拠に関する博士論文を基とし、発刊時(1987年)、米国の学界に一石を投じた名著で、待望の邦訳である。
国際関係論は、国力や国益をめぐる争いを軸とするリアリストと、国連のような制度や法規範による平和を志向するリベラリストの2つの立場から説明されるのが一般的だ。
本書の根底にある「同盟とは何か」はまさにリアリストの中心的課題。著者も有力なリアリストだが、同盟の根拠をそれまでの勢力均衡ではなく、脅威認識を基にした均衡に求める仮説を提示した。
主たる「脅威による同盟形成」は2つあり、1つは脅威を与える国に対抗するためにほかの国々と同盟を結ぶこと(バランシング)。もう1つは脅威を緩和するため脅威を与える国と同盟を結ぶこと(バンドワゴン)である。どちらが選択されるかは、脅威認識の源泉、つまり総合的なパワー、地理的近接性、攻撃能力、攻撃的な意図などをどう考慮するかによる。
著者は、それを冷戦初期のバグダード条約(55年)の時期からエジプト・イスラエル平和条約(79年)までの中東における36にのぼる同盟を通して検証した(この地域研究はレベルが高く、本期間に関する中東関係史の論文、著作などで頻繁に引用された)。
その結果、超大国を盟主とする同盟が互いの勢力の均衡維持を目的とするのに対し、中東諸国の同盟は世界的なパワー・バランスに関心はなく、近隣において攻撃能力、攻撃意図を持つ国家に対して団結する傾向が強いと結論づけている。事実、その9割がバランシングで、外的脅威こそが最も同盟形成を誘発する要因になるというわけだ。
精緻な同盟論である本書は、印象に基づくような国際時評に飽き足らない読者にとって、本格的な国際関係の議論を改めて認識させる、刺激的な1冊と言えるだろう。
ただ、社会科学がその時代の秩序を論じる学問だとすれば、それは時代拘束性を免れ得ず、強国の論理に傾きがちだ。本書も、社会主義陣営の後退時期に出版され、そこに米国優位=米国は特別といった考えが垣間見える。
当時の米国の総合的なパワーは他国からは脅威にほかならず、諸国は対抗的な同盟を形成してもおかしくない。それでも各国は米国との同盟を求めた。例えば日本から日米同盟を見ると、「米国は脅威ではない」は否定できないが、それがすべてではない。小国が米国への脅威からも同盟を結んでいることには、あまり重きを置かないのである。
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