軍国日本に通ずる米国の病理 究極のテロは市民狙った原爆
評者/関西大学客員教授 会田弘継
敗戦後の日本を描いてピュリッツァー賞、全米図書賞などを受けた『敗北を抱きしめて』(1999年)の著者が、9.11テロ後に米国が陥った「戦争の文化」の病理を徹底的に暴き、批判する。かつて同じ病理に取りつかれた軍国主義日本と対比しながら、その愚を繰り返す自国を指弾する痛恨の書だ。
大きく3つの切り口で、病理が描かれる。9.11テロと日本の真珠湾攻撃を安易に並べて論じた愚かさを批判する第Ⅰ部「開戦」、原爆投下を究極のテロとして描く第Ⅱ部「テロ」、イラク侵攻後、戦後日本のように民主化や経済発展が可能と考えたブッシュ(子)政権の歴史への無知を暴く第Ⅲ部「国家建設」だ。
第Ⅰ、Ⅲ部の著者の主張は、対イラク戦に突入する米国で取材に当たった評者も当時から感じていたところだ。油断を突かれた点は似ているが、真珠湾攻撃の標的は軍事目標であり、一般市民ではない。市民の大量殺戮(さつりく)を図った点で、むしろ原爆使用こそ9.11テロと同根だ。そのことはテロの首謀者オサマ・ビン・ラディンの発言でも示唆されており、第Ⅱ部で論じられる。
真珠湾攻撃に対比されるべきは米国のイラク侵攻だという主張は説得力に富む。ともに緒戦は戦術的に成功だったが、戦争の見通しについて根拠のない楽観を抱き、戦略的には大失敗だった。見たくないものは見ない「事実否認」、「空気」から逃れられない「グループ思考」は、ブッシュ政権も軍国日本の指導部も同じ。著者はそれを明快に論じる。
米政権が時に『敗北を抱きしめて』を持ち出し、戦後日本をモデルにしたイラクの民主化と発展を論じていたことに、著者は当時強く反発していた。日本とイラク、さらに歴史的文脈がいかに違うか、本書は詳しく示す。歴史への無知が政策の失敗だけでなく、何十万人もの死をもたらすことを、読者はまざまざと知る。
日米を含む第2次世界大戦の交戦国はジュネーブ条約などの取り決めを破り続けた。その1つは都市爆撃による一般市民の殺戮で、究極は原爆投下だ。投下の理由は複雑だが、巨額予算の成果を示す必要にも迫られたとの指摘には愕然とする。新憲法をはじめ日本の戦後改革も、占領地の法の尊重を求めたハーグ陸戦条約に照らし大いに疑義があると、著者は率直に指摘する。
日本政府は著者のように9.11テロ以降の米国の「戦争の文化」をいさめてきたか。否だ。そうした姿勢は米国の違法な占領政策を黙認してきたことに起因するように思うのは、評者だけだろうか。
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