政府が打ち出した幼児教育や高等教育の無償化は、教育格差の解消にどれだけの効果があるのか。著書『「学力」の経済学』などで幼児教育の重要性を指摘している中室牧子・慶応義塾大学准教授に聞いた。
──幼児教育の無償化をどう評価しますか。
この政策はちょっと意味がわからない。私は幼児教育が大事だと言っているが、タダにしろと言ったことはない。日本では5歳児の入園率は95%を超えているため、世帯が払っているものを国が肩代わりしても社会的な追加リターンはゼロに近い。
──政府は大学など高等教育の無償化に向けても動いています。
これも格差の解消にはまったく意味がないと思っている。全部無償化すると所得が高くて意欲がある人もカバーされる。そこにおカネを突っ込む余裕は、日本にはないのではないか。
のっぴきならない事情によって貧困になった人をみんなの税金で救いましょう、というのは社会的合意を得られるが、全員無料というのはおかしいし、社会保障のあり方にも反していると思う。「きちんと公教育を与えたから、結果は本人の自己責任。家庭の資源の違いは関係ない」というみなしが成立してしまう。
供給サイドへの投資が重要
ただ意外かもしれないが、われわれ経済学者の間では、学力に差がつく要因について、「おカネの問題ではない」という方向に研究が進みつつある。
社会経済的地位の継承の話題になると、貧困の家庭に何らかの形で所得移転する話が出るが、それは親が利他的で正しいおカネの配分をしなければうまくいかない。自分の趣味や生活費などに充ててしまって、子どものためにおカネを使わない人がいるからだ。それは理論的にも実証的にも明らかになっている。一方で親が「教育が大事だ」という考えさえ持っていれば、所得がゼロでも何らかの形で教育におカネをかける。
社会学に「意欲の格差」に関する研究がある。子どもには「きちんと勉強すれば将来いいことが起きる」「勉強することが楽しいと思う」といった意欲の格差があり、その後の社会経済的地位に影響を与えているということが、英オックスフォード大学の苅谷剛彦教授の研究でわかっている。
つまり格差の根源はおカネではなく、親の社会経済的地位によって子どもの学ぶ意欲や知的好奇心にバラツキが生まれているという見方だ。おカネの問題であれば政策的に介入できる。でも教育を大事だと思わない親にどうやって意欲を持たせるように介入するのか。これは非常に難しい問題だ。
──解決策はあるのでしょうか。
奨学金や無償化は考えられがちな所得移転だが、それよりも教育の質を高めるほうが格差の解消になると思う。つまり供給サイドへの投資だ。
いろいろ検証してみると、小学校1年生の時点で、親の社会経済的地位による格差が確認できる。就学前の格差の始まりから解決していかないといけない。米国の研究では、質の高い幼児教育によって貧困世帯の子どもの状況を改善させると、大きな社会的リターンが生み出されることがわかっている。
たとえば、保育所でどういう教育をしているのかモニターする、保育士の離職率が下がるようにする。そうしたことを通じて、保育の質を上げ、貧困世帯の子どもの能力を高めていく。
学校教育も変える必要がある。教員やおカネなどの資源配分は学校単位で変えていくべきだ。われわれが埼玉県でやった学力調査の対象校で、貧困率がいちばん高いところは約5割、いちばん低いところは1%未満だった。貧困率が高い学校は当然、先生やスクールカウンセラーの数を増やしてほしいとなる。そうした状況を考慮せずに、同じように運営するのは不平等だ。
(聞き手・本誌:富田頌子)






















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