時雨沢恵一著『キノの旅』(KADOKAWA)。主人公のキノが、さまざまな国を旅する短編集です。僕も実は、子どもの頃からこの作品のファンで、今でも最新巻を買っています。
この作品は「風刺」が利いている作品です。昔から、スウィフトの『ガリバー旅行記』やセルバンテスの『ドン・キホーテ』など、世の中を皮肉った本というのは評価が高く、面白いですよね。自分たちが考えている「正しいと信じているもの」が間違っているのではないかとハッとさせられたり、世の中の間違っている部分をユーモアも交えて紹介されて「確かにな」と笑いながら自覚させられたり……風刺には、そんな面白さがあります。
この『キノの旅』は、1つの国が何かの風刺になっていることが多いです。民主主義や科学革命、金銭といった具体的なものから、大人と子ども、愛や恋、うそと誠といった抽象的な概念も含めて、現実世界にある「何か」を題材にして、時に否定し、時に肯定したりしています。
それだけにとどまらず、この本はどこかで毎回絶対に「どんでん返し」が用意されています。「まあこういう話なんだろうな」「ああ、どうせこういうエピソードなんだろう」という大方の予想を裏切って、「え!? そういう展開になるの!?」と驚かされます。通常どおりでは終わらないからこそ心に響くし、また「当たり前」や「ありきたりな展開」を打破しているからこそ、「風刺」としても機能してくれるのです。
完全な機械化が達成された、仕事をしなくてもいい国に行ったはずなのに、なぜか人々は会社に行っている。人を殺してもいい国に行ったはずなのに、なぜかものすごく治安がいい。普通ならば考えられないことが起こっていて、そして同様に、オチも普通には終わらない。そういう面白さがあるのがこの作品です。
読書感想文を書くなら、風刺の部分にフォーカスして読んでもらうといいと思います。この作品は、現代のどんな状況を風刺しているのか考えてみよう!と。小学生や中学生が読んで、「これはこのことの風刺だろうな」と読むのは難しいかもしれません。しかし、それでも考える機会を提供し、「タネ」として小さいときに読んでおくことは重要だと思います。小さなタネでも、大人になり、後々勉強している中で、「そういえばこれってもしかして……」とか、「あれ、今の議論って、『キノの旅』の中で触れられていたような……」とか、そんなふうに芽が出て膨らんでいく。そのための作品として、『キノの旅』は強くお薦めできます。
老いも病気もない社会を舞台に、個人の幸せとは何かを描いた作品
3冊目にご紹介するのは、SF作品の伊藤計劃著『ハーモニー』(ハヤカワ文庫/早川書房)です。この作品は、「地球上からほとんどの病気がなくなった、老いもせず病気にもならない」社会を舞台に、個人の幸福のあり方を問う作品です。
舞台は、大災害で大勢の人が亡くなり、多くの人々が「命」を大切にするようになった結果、高度な医療技術が発達し病気の元になるような酒やたばこ、雑菌の多い場所などが駆逐され、「長生きすること」が是とされる社会。さらにそんな中で、体内に埋め込まれたマイクロチップで栄養や食事が完全に管理され、個人個人が自分の体の状態を気にしなくても生きられるようになっています。老いることもできず、病気にもならず、体に悪いものは摂取できない。その代わりに、長く生きることができるわけです。