日朝間の説明が食い違う重大原因とは? お粗末にも、特別調査委員会を示す文書がない!

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さらに目を引くのが、日本側の文書にある数行分の文章が、北朝鮮側には抜け落ちていることだ。それは、日本側では「各分科会の活動」について、「5月の合意にしたがって調査を行い、協議し、対策を立てる。以下の内容(編集部注:各分科会の活動内容のこと)は現時点での考えであり、今後日本側と協議しながら修正していくこともあり得る」という文章が、北朝鮮側にまったく記されていない。これでは、「日本側がそう思っているだけで、今後の協議も修正も北朝鮮側は意図していない」ということにならないか。

また、調査形式と方法については、「関係者に対する面談および証言聴取、関係場所に対する現地調査などの方法で行う」と北朝鮮側に記されているが、日本にはない。これには4日、北朝鮮の宋日昊(ソン・イルホ)日朝国交正常化交渉担当大使が平壌で会見した際に「互いの関係者への聴取、関係場所への訪問が含まれる」と述べ、北朝鮮の担当者が日本を訪問して調査を行うことに意欲を示している。だが、日本側の文書にないことを考えると、調査に対する日本側の意欲が北朝鮮側が思っているほどではないとの誤ったシグナルを送ってしまうことにならないだろうか。

日本側の対応もおかしい。7月4日、外務省アジア大洋州局の伊原純一局長は、自民党や民主党、拉致問題支援団体などに説明を行った。会場では「北朝鮮側から出された文書はないのか」との質問に対し、伊原局長は「北朝鮮側が読み上げたメモを聞き書きした」と答え、聞いた内容は北朝鮮側が発表した通りだ、と答えている。外交というのは記録を残すのが普通で、それはお互いが文書化して交わすものが基本だが、その基本を踏襲したものでもなさそうだ。また、「北朝鮮側が発表した通り」なら、なぜ日朝間の文書で相違点が数カ所も出てくるのか。

日本政府が経済制裁解除を決断するに至った理由の一つに、特別調査委員会の構成メンバーの肩書きに国家安全保衛部の名前があったからだと言われている。ただ、委員長となる徐大河(ソ・デハ)氏を含めメンバーの顔写真も出ておらず、本当に実在する人物なのかどうなのか、また文書に示された役職は本当にそうなのか、と疑い出すときりがないものだ。

肩書きだけで納得してよいのか

韓国の北朝鮮事情に詳しい研究者は「普段は表に決して出ることがない国家安全保衛部が、しかも実名を付けて出てきた点には、北朝鮮側のやる気も感じられる」と指摘する。ただ、「メンバーがどのような人物なのかははっきりしないし、実際に拉致に加わったのは対南(韓国向け)工作機関の疑いもある。その組織を国家安全保衛部が管理できると言うのなら実効性はある程度信じられるが、それだけで経済制裁の解除に踏み切ったのは拙速ではないか」と疑問を呈する。

2002年の日朝首脳会談以降、圧力をかけつづけた北朝鮮とは、拉致問題をはじめとする懸案はほとんど解決していない。これまでの解決スキームから脱皮し、問題解決への意欲と実効力を見せる安倍晋三内閣の姿勢は評価してしかるべきだが、現段階の対応を見るだけでも非常にあやうい。「崖っぷち外交」をはじめ外交舞台では百戦錬磨の北朝鮮を相手にするだけに、より慎重で巧妙な対策が望まれる。安倍首相は経済制裁解除の際、「行動対行動で」と述べ解除の正当性をアピールしたが、これでは「言葉対行動」でバランスが欠いていると言わざるを得ない。
 

福田 恵介 東洋経済 解説部コラムニスト

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ふくだ けいすけ / Keisuke Fukuda

1968年長崎県生まれ。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒。毎日新聞記者を経て、1992年東洋経済新報社入社。1999年から1年間、韓国・延世大学留学。著書に『図解 金正日と北朝鮮問題』(東洋経済新報社)、訳書に『金正恩の「決断」を読み解く』(彩流社)、『朝鮮半島のいちばん長い日』『サムスン電子』『サムスンCEO』『李健煕(イ・ゴンヒ)―サムスンの孤独な帝王』『アン・チョルス 経営の原則』(すべて、東洋経済新報社)など。

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