「1000人当たり認知件数」の格差が示すもの

文部科学省は、毎年「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(以下「問題行動等調査」)の結果を発表している。2020年10月22日に発表された2019年度調査結果によれば、いじめの認知件数は61万2496件となり5年連続で過去最多を更新した。

別表の各年度のグラフを見れば一目瞭然、まさに右肩上がりだ。5年前の14年度は18万8072件だったため、42万4424件も増えた計算となる。中でも小学校の増加は顕著で、この5年間で約4倍となった。

一方、少子高齢化により児童生徒の数は減り続けている。8月に文部科学省が公表した20年度学校基本調査の速報値によれば、小学校および中学校の児童生徒数は過去最少となった。とりわけ小学生は31年連続で減少しており、いじめ認知件数の急増と反比例の構図になっている。つまり、一人あたりのいじめの数は恐ろしい勢いで増えており、児童の凶暴化が進んでいると考えてしまいそうだが、実際はそうではない。

いじめ問題の研究で知られる明治大学文学部准教授の内藤朝雄氏は、次のように指摘する。

「例えば、都道府県ごとの児童生徒1000人当たりの認知件数では、8.9倍の格差が生じています。いじめはどこにでも存在しますが、自治体によってそこまでのばらつきが出ることは考えにくいため、この調査がいじめの実態を表していると考えるのは無理があるでしょう」

一定の格差が保たれているのであれば、いじめに地域差があるという仮説も立てられようが、わずか7年間でかなりの変動が起きているのが事実。なにしろ、格差の数値を公表し始めた13年度は83.2倍もあったのだ。さらに内藤氏は、いじめ認知件数の実態についても疑問を投げかける。

「いじめに関する事件が起きると、数字が跳ね上がるのが『問題行動等調査』の特徴です。とりわけ、大津市中2いじめ自殺事件が起こったあとは顕著でした」

11年10月に起こった大津市中2いじめ自殺事件は、学校側が「いじめはなかった」と隠蔽し続けたことから社会問題化。いじめへの対応と防止などについて学校および行政の責務を規定した「いじめ防止対策推進法」(13年6月に可決、同9月に施行)が制定される契機となった。

同事件は「問題行動等調査」への影響も大きく、11年度は約7万件だったいじめ認知件数が翌12年度は約19万8000件と増加した。これは、事件が契機となって実際のいじめが2.8倍にまで激増したと考えるよりも、事件が児童のアンケートの回答に影響を与えたと見るほうが理にかなっているだろう。

いじめの認知件数が多いほど評価

つまり、「問題行動等調査」は単純に数字だけを追って「いじめが増えた、減った」と論ずる対象としては適切でないのだ。文部科学省自身も同様の認識を持っており、15年8月17日に各都道府県の教育委員会および私立学校主管部などへ発出した通知には、以下のように明記されている。

「『問題行動等調査』における児童生徒1000人当たりのいじめの認知件数については、都道府県間の差が極めて大きい状況でありますが、実態を正確に反映しているとは考え難く、問題行動等調査が国の施策を考える上で極めて重要な指標であることを踏まえると、看過し得ない課題となっています」

さらに、この通知では以下のように「いじめの認知」を再定義している。

「初期段階のいじめであっても学校が組織として把握し(いじめの認知)、見守り、必要に応じて指導し、解決につなげることが重要」「いじめの認知件数が多い学校について、『いじめを初期段階のものも含めて積極的に認知し、その解消に向けた取組のスタートラインに立っている』と極めて肯定的に評価する」

認知件数がゼロもしくは非常に少ない学校については、「放置されたいじめが多数潜在する場合もあると懸念している」とまで明記している。

これらを踏まえると、認知件数の増加は、いじめが深刻化しているというよりも、学校現場がいじめに対して敏感になってきた表れだといえそうだ。認知件数の急激な増加も、この通知が影響を与えていると考えられる。内藤氏もその点を評価しつつ、児童生徒がSOSを発しやすい環境づくりの必要性を訴えた。

「今回の調査結果からもいえるのは、世の中で着実にいじめに対する意識が高まっているということです。人権意識が高まり、教育行政関係者が『ある程度報告しなければまずい』と考えれば認知件数は増えますが、逆にそれらの意識が低ければ認知件数は当然少なくなります。ただ、いじめというのは数量的な研究が非常に難しい分野です。今回の調査ではいじめ発見のきっかけとして『アンケート調査など学校の取組により発見』が54.2%と最も多かったですが、児童生徒が教室内でアンケートに記入しているのであれば、周囲を気にして、本当に思っていることを書けない可能性も考えられます。全国一律かつ学校での実施にこだわらない調査も視野に入れるべきでしょう」

その一方で、教員にはエールを送りつつ、改革の必要性を指摘する。

「教員1人ができることには限界があります。教員の能力にかかわらず、いじめがひどくならない学校のしくみづくりが重要です。子どもたちを閉鎖空間にとじこめて、極端なまでに集団化するという教育制度を見なおす以外に、有効な改善策はありません。世の中がいじめに対する意識を高めることで、『学校の全体主義』が改善する可能性もあります」

大人の社会でもいじめが存在していることを考えれば、学校におけるいじめの根絶は不可能だ。しかし、病気に早期治療が有効なように、初期段階での迅速な把握を推し進めることで、子どもたちに深手を負わせない可能性は追求すべきだろう。「問題行動等調査」で明らかになる「いじめの認知件数」は、そうやって防止に取り組む教員たちの軌跡なのかもしれない。

明治大学文学部 内藤朝雄准教授
1962年、東京生まれ。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程を経て現職。専門は社会学。『いじめの社会理論』(柏書房)でいじめ発生のメカニズムを解明して注目を集め、『いじめの構造--なぜ人が怪物になるのか』(講談社現代新書)でいじめ問題の解決法を示した。主要論文は「学校の秩序分析から社会の原理論へ--暴力の進化理論・いじめというモデル現象・理論的ブレークスルー」佐藤卓己編『岩波講座現代 第8巻 学習する社会の明日』(岩波書店)

(写真:iStock)

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