「母性がない罪悪感」に悩み続けた女43歳の境地 娘と生き別れ13年、ふたをした感情が溢れた時

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離婚が成立してから13年間、冴子さんは一度も娘に会わなかった。姑と小姑に「二度と私たちに関わらないで。子どもにも会いに来ないで」と言われたからだ。

「昔の私は、とにかく自分に自信がなくて、人に何か言われると言い返せない性格だったんです。それで、理不尽だと思いながらも、相手に従ってしまいました」

こうした自己肯定感の低さは育てられ方のせいだ、母親に愛されなかったからだと、冴子さんは思っている。そもそも冴子さんが元夫と結婚したのは、「大家族」に憧れたからだ。大学卒業後、流通関係の企業に総合職として入社し、地方で働いていた。付き合った男性もいたが、結婚には至らなかった。27歳になって結婚したくなり、ふと結婚相談所に入会した。

「私の出した条件は、たったひとつ『自営』の人。いつも一緒にいられるといいな、と思ったんです。そういう条件を出す人は珍しかったんでしょうね。すぐに農家の長男だという元夫を紹介され、トントン拍子に話が進んでしまいました」

子ども時代、親に放っておかれて寂しかった記憶が、「大家族」で「自営」の家への憧れを募らせた。

「サザエさん家みたいに、大勢でわいわい楽しく暮らせたらいいなと思ったんです。でも、甘かったですね。元夫の家で、私はつねに部外者。おさんどん役ばかりを押し付けられ、家族の輪には入れてもらえませんでした」

そんな環境から逃げ出すように離婚して、娘とも会えなかった13年間。冴子さんは、どうやって生きてきたのか。

再婚で手に入れた「ウマが合う」母親

実は冴子さんは、離婚から数年後に再婚している。

「寂しくて、寂しくて。マッチングアプリで知り合った人と、たった3カ月の交際で結婚しました。9歳年上の男性です。普通のサラリーマンですよ」

今回の結婚でも、夫の母親と二世帯同居をすることになり、冴子さんは同意した。この母親が、なんと、とてもいい人だった。

「すごくウマが合うんです。日常会話が普通にできる。母娘ってこんな感じか、と思いました」

夫は子どもを望まず、彼女も子どもをもちたいとは思わなかった。結婚生活は穏やかに続いている。

「夫婦仲はよくも悪くもないですが、家族があるという安心感は得られました。私が欲しかった家族が、やっと手に入ったんです」

次ページ死を身近に感じて、ようやく湧き出た母性
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