青函連絡船「摩周丸」、なぜ17年ぶりに動いた?

産業遺産として再評価、歴史・文化を後世に

函館湾を17年ぶりに航行した青函連絡船「摩周丸」(撮影:久保田 敦)
鉄道ジャーナル社の協力を得て、『鉄道ジャーナル』2020年4月号「青函連絡船摩周丸 雄姿ふたたび」を再構成した記事を掲載します。

1988(昭和63)年3月13日、本州と北海道を隔てる津軽海峡に青函トンネルが開通し、青森―函館間が津軽海峡線の愛称で開業した。本州と北海道が鉄路で結ばれたと同時に、80年の長きにわたって函館ー青森間を結んでいた青函連絡船の歴史に幕が下ろされた。

廃止後の青函連絡船は、その年の夏にイベント的要素を含んだ暫定運航が行われたが、船体は売却等で各地にちらばり、第2の人生を歩んだ。その中で、青函連絡船の歴史や功績を後世に残すために函館に「摩周丸」、青森に「八甲田丸」が係留され、船内の見学ができるミュージアムとして公開されている。

リクライニングは65度

摩周丸は「函館市青函連絡船記念館摩周丸」の名称で、かつての青函連絡船のりばであった若松埠頭函館第二岸壁に係留され、観光スポットとして紹介される。駅から徒歩4分ほど、函館山などからその姿を見ることができ、毎日22時まではライトアップが実施されている。

摩周丸の船内は、2~4階が見学エリアで、メインは3、4階。エントランスとなる2階では、出航時に流れていた「ドラの音と別れのワルツ(蛍の光)」を聞くことができ、乗船経験がある人は懐かしいイントロとなろう。3階は大きく3つに分かれ、青函連絡船のあゆみ、船のしくみ(展示室)、サロン(休憩室)がある。

各所で写真や映像、模型などを使って解説し、青函連絡船のあゆみコーナーの窓側には65度もリクライニングした当時のグリーン指定席と普通席のシートが並び、座り心地を味わいつつ連絡船関連の映像を鑑賞できるようになっている。

4階は操舵室(ブリッジ)と無線通信室が往時と変わらぬ姿で残されており、ブリッジからは函館山がよく見える。また、航海甲板と多目的ホールがあり、ホールには普通座席の“桟敷”のレプリカが設置されている。船内すべての場所の見学はできないが、青函連絡船の最大の特徴であった車両航送時に使われていた車両甲板をはじめ、総括制御室と機関室は展示室のモニターを通じて見学ができる。

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