永遠の17歳「かにぱんお姉さん」を知ってますか 最初は正社員ではなく「パート採用」だった

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まさに大活躍の彼女だが、実家は浜松市内にある和菓子店『秋芳堂』。カステラまんじゅうが名物で、かつて浜松市中区にあったデパート『松菱』内に店舗を構えていた有名店である。たまに“おまんじゅうお姉さん”として店頭に立つこともあるとか。和菓子店の娘として生まれ、大学を卒業後は地元の出版社で釣り雑誌の編集者として仕事をしていたという。

「小さな会社でしたから、釣りへ行って記事を書いたりするほか、POPを作ったりもしていました。でも、締め切り前には明け方まで仕事をすることも珍しくはなくて、2年くらいで辞めました。その後、1年くらいはアルバイトをしながら気ままに暮らしていました。そろそろきちんと働こうかと思っていたときに三立製菓の求人広告を見つけたんです」

大学では食物化学を専攻、家庭科教諭の免許も取得していたせいか、無事採用となった。ただし、正社員ではなくパート採用。当時は品質管理の仕事をしていたが、入社して間もない頃、企画課でPOPの制作をしていた社員が辞めることになり、彼女に白羽の矢が立った。編集者時代に画像編集ソフトを使って仕事をしていたことが役に立ち、パートから社員に雇用されたのである。

ド派手な衣装やテレビ出演はあくまでも広報としての仕事の一環であり、当然のことながら会社から許可をもらっている。創立99年の老舗ゆえに伝統や社風を重んじる保守的なイメージを抱きがちだが、ほとんどNGが出ることはないという。

「キー局の番組でかにぱんをPRするのが目標なんです。少し前に来たんですよ、キー局から出演オファーが! 霜降り明星の番組なんですけど、内容を聞いてみると、ラブホテルでのロケだったんですよね。私は全然OKでしたが、上司に相談すると『社長になんて言えばいいんだ!?』って。泣く泣く諦めましたが、周りからは『そりゃそうだろ!』と総ツッコミでした(笑)」

かにぱんお姉さんのさらなる野望

彼女が広報担当となり、かにぱんお姉さんとしてメディアに登場するようになると、かにぱん人気は復活どころか、販売制限がかかるほど売れに売れた。売り上げ個数は2013年から2020年で140%アップ(4割増)になったとのこと。リサーチしてみると、子どもを持つ親のみならず、テレビを見た人が幼い頃に食べたかにぱんの味を思い出して買うようになったことがわかった。好き勝手にやっているように見えて、しっかりと会社に貢献しているのだ。

「ある日、上司からこっそりと社長室に呼ばれました。何事かと思ったら、『社長賞を授与する』って。もともと社長賞という制度はなかったんですけどね。せっかくならみんなの前で褒めてほしかったなぁとは思いますが(笑)、とても光栄でした」

「かにぱん」の売れ行きはV字回復(筆者撮影)

目標であるキー局の番組出演がかなったとしても、また、今よりもメディアから引っ張りだこになったとしても、タレントとして本格的にデビューすることは考えていないらしい。「かにぱん教室」をはじめ、さまざまなイベントで多くの人々と関わる中で、自身の将来像もおぼろげながら見えてきたという。

「人とお話しするのが好きなので、いつかスナックをやりたいんです。今、ヒマさえあればネットでテナントの情報を眺めつつ、内装などを考えて夢を膨らませています(笑)」

なるほど、たしかに取材が始まってからずっと違和感を感じていたことがあった。それは仕事で話を聞くというよりも、お酒こそないものの、スナックでママさんと話しているような感覚に陥っていたのだ。誰に対してもフレンドリーだからこそ、かにぱんお姉さんは多くの人々に愛されるのだ。企業の広報として捉えたとき、彼女のスタイルは賛否が分かれるだろうが、私はアリだと思う。

永谷 正樹 フードライター、フォトグラファー

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ながや まさき / Masaki Nagaya

名古屋を拠点に活動するフードライター兼フォトグラファー。

地元目線による名古屋の食文化を全国発信することをライフワークとして、グルメ情報誌や月刊誌、週刊誌などに記事と写真を提供。

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