日本の絵本が中国の書店で桁外れに売れる背景 1000万部迫るシリーズも、巨大な潜在市場に

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カントリーリスクとは別に、日本の多くの出版社が海外進出に慣れていないという課題もある。

日本の出版社は明治以来、欧米の出版物を輸入することには長けてきたが、国内市場で十分に食えたこともあって、マンガコンテンツを持つ大手出版社など一部を除き、海外への版権輸出は専門のエージェントに任せ、あえてリスクをとって直接出て行くことが少なかった。

実際に世界中で翻訳版が出ている村上春樹作品などを数多く手がける文芸出版大手の新潮社ですら、海外への版権輸出を扱う専門部署ができたのは、ほんの10年ほど前のことだ。

これは、成長著しい中国市場へのアプローチで欧米諸国などとの差としても現れる。昨年11月に開かれたアジア最大の児童図書展となった第6回中国上海国際児童図書展では、2013年の第1回に75社だった国外出展社は160社を超えたが、日本からの出展は2社にとどまった。

そのほか海外からは、フランス38社、イギリス19社、アメリカ13社、オーストラリア10社、韓国8社、イタリア8社、スペイン7社などが出展。なかでもイギリスの出版業界は中国を「最重要地域」に位置づけ、政府が中小出版社の出展に補助金を出して支援したという。

国内で売れ行き止まった本が売れ筋に

中国には出版に対する規制や、広大な国土ゆえの流通の難しさなど、出版を行ううえでのリスクはあるものの、日本の出版社にとって無視できない市場であることは間違いない。しかも、日本で売れ行きが落ち着いたロングセラーが新刊として売れている。

実際、いまの日本で大人気のポプラ社『かいけつゾロリ』は、まだ中国ではそれほど売れていない。日本でもこの作品は、当初、いわゆる「絵本」らしくない、マンガのようだと、親からはあまり歓迎されなかったが、いまや「子どもが欲しがる児童書№1」として刊行開始から30年を超えるベストセラーになった。

おそらく今後、中国でも子どもが作品を選ぶ時代が来れば、受け入れられる作品の幅がさらに広がる可能性もある。

こうした道を切り拓いていくことは、日本の出版社が持つ資産(コンテンツ)が、海外で新たな価値を生み出すという経済的な効果とともに、両国間で文化や価値観を共有することにもつながるであろう。それは、翻訳本を数多く受け入れてきた日本人こそが実感していることでもある。

星野 渉 文化通信社専務取締役

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ほしの わたる / Wataru Hoshino

1964年東京都生まれ。國學院大學文学部卒。1989年、文化通信社に入社。主に出版業界を取材。NPO法人本の学校理事長、日本出版学会副会長、東洋大学(「雑誌出版論」2008年~)と早稲田大学(「書店文化論」2017年~)で非常勤講師。著書に『出版産業の変貌を追う』(青弓社)、共著に『本屋がなくなったら、困るじゃないか』(西日本新聞社)など。

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