「後妻業の毒婦」は寂しい高齢者を標的にした 獲物を物色する場所は結婚相談所

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“千佐子と結婚、交際をした相手をリストにして年表を作ると、まるで仕事のスケジュールを空白を埋めるかのように、次々と相手が移り変わったことがわかる。しかもそれは次第に重複するようになり、その間隔は狭まっていった。彼女の殺人という行為に対する、異様なまでのハードルの低さは際立っている。”

被害者とのメールや犯行時の外部とのやりとりの音声データが残っているのだが、犯行を隠そうという気配が全く感じられないのも特徴だ。

119番通報した際も落ち着き払って、泣きわめいたりもせず、対処法を聞くわけでもない。一大事だというのに素っ気ない。一方、一緒に住んでいる人間が死んだというのに、数時間後には深夜にもかかわらず開錠業者に電話をかける。「超特急指定はないんですか」と少しでも早く金庫をあけたい気持ちを隠さない。どう考えても、後で事件性があると判断され、捜査されたら、怪しく映る行為だが、欲望を前へ前へと押し出し続ける。

多くの殺人犯に接してきた著者は、誰もが多少なりとも犯した罪に対して良心の呵責を抱くが、千佐子の場合は見られないと指摘する。

”そのため彼女の一連の犯行は、必要に応じて実行されてきた無機質な“作業”といった色合いを持つ”

著者は千佐子の逮捕前、警察の内偵が始まった頃から千佐子の周辺取材を始める。中学、高校時代の同級生などへの地道な取材で浮かび上がる彼女の昔の姿と「毒婦」を結びつけるのは難しい。

“私自身はそうした千佐子の行動原理がどのように醸成されていったのか、そこに興味を抱くようになり、約4年もの機関をかけて取材を続けてきた。なぜ、どうして、そのような行為を平然と行えるようになったのかということが、取材のなかで浮かび上がってくればと期待していた。だが、結果としてわかったことは、そこにそういう考えで行動に移す人物がいた、という現実への理解のみだ。”

本能のみで動く彼女に「底はない」

ただただ、おカネが欲しいという欲望だけで人を殺す。決して粗暴であったり、日常生活を営むのが困難だったりするわけではないだけに、こちらは読み進めるほどに理解に苦しむ。著者の言葉を借りると千佐子の「底はない」。本能のみで動いており、悪意もなければ自覚もない。犯罪に走った背景をたぐり寄せようとした著者の取材が緻密であるからこそ、彼女の底の見えなさ、常人には理解できない行動の不可解さが炙り出されている。

『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

千佐子は拘置所での面会が終わる度に著者に手紙を送っている。「人恋しいです。お会いしたいです。〈本心で〉」、「スレ違いドラマ(昔のメロドラマ)みたいですね。本当に! マジで! お会いしたかったのにくやしいです」。読んでいて赤面してしまうが、寂しさを抱えながら生きている高齢者にとっては、判断をまちがえても不思議ではない「愛のささやき」として届くのかもしれない。交際しながらも千佐子の毒牙にかかる前に別れた男性の中には千佐子に好印象を持っている者も少なくない。

高齢者の貧困や超高齢化社会という社会構造を考えると、第二、第三の千佐子が出てきても驚くことではない。実際、70歳以上で婚活している人も多い。この事件が千佐子や被害者の固有の問題でないことも本書は教えてくれる。

栗下 直也 HONZ

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くりした なおや

1980年生まれ、東京都出身。大学院修了後、半年間の無職生活を経て、産業専門紙に記者職で拾われる。現在は電機業界を担当。HONZでは新橋ガード下系サラリーマン担当を自認する。紹介する本は社会科学系、人文系、ルポ、お酒の本が中心。

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