ジャカルタ都市鉄道計画「寒すぎる」内部事情 日本側コンサルの調整機能に問題はないのか

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政治的感情はこの際捨て去るべきだ。線路と電気、そしてATO(自動列車運転装置)のシステムを入れれば、自動で電車は動くと考えている人がいるようだが、そんな甘いものではない。日本における東京メトロ副都心線開業時の混乱ぶりを見れば、いかにATOの調整が大変かということがわかる。しかも、MRTJには地上区間、地下区間が存在するわけで、荒天時の設定は困難を極めるだろう。

そして、それが完了してからの習熟訓練が実際のダイヤを用いて実施される。車両が到着してから開業までに1年を要するのである。それだけではない。列車の運行管理やホームドアなどを含めた安全管理システムのような列車を動かすための仕組みに加え、券売機や自動改札機、情報案内装置といった乗客対応のために必要となる設備の準備など、これからやるべきことは山積している。そして、何一つとして設置後トラブルなく動く設備などない。そう見てくると、まだMRTJには1年あるというものの、それですらかなり無理のあるスケジュールと言わざるをえない。

必要な説明ができているのか

MRTJもLRTジャカルタも今後の延伸計画がある以上、工期の長さは争点となる。そうなったときに、日本側に、どうしてそのプロセスが必要で、それをすることで何が起こるのかという説明ができる人間がはたしているのだろうか。

4月に到着したMRTJ車両2編成が保管されているピット線(筆者撮影)

各分野のプロフェッショナルがジャカルタに集結し、日々プロジェクトを推進しているということは紛れもない事実である。しかしながら、各業者間、そして日本・インドネシア間を調整する部分において、力量不足が露呈していないだろうか。JICAコンサルの能力の低さが、現場実務者へのシワ寄せとなり、工程遅れに至っているのではないか。

MRTJは日本の鉄道新線をそのまま輸出するという初の事例であるが、本来それを監督する鉄道会社が不在のままで、新線を建設したらどうなるか。新線建設の監督を行うのがMRTJ社であるが、KAIからの転籍者も少なく、鉄道運営に関するノウハウは極めて低い。

MRTJは州営会社であり、国営会社のKAIと協力関係をあえて築かなかったのだが、事ここに至っては協力関係もやむなしということなのか、5月に入り、突如MRTJ社はKAIとの人材育成に関する協力合意を結んだ。それだけではない。車両取り扱いに関する研修は基本的にマレーシアで実施されていたが、5月下旬になり、急遽日本で受け入れる事態になっている。

本来、もっと早い段階で、日本側が提案してしかるべき案件だが、誰もそんな発想を持ち得なかったようだ。もう一度、全体のスキームを総点検し、世界に比類のない日本標準のMRTを、ここジャカルタに送り出してもらいたいと願うばかりだ。

高木 聡 アジアン鉄道ライター

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たかぎ さとし / Satoshi Takagi

立教大学観光学部卒。JR線全線完乗後、活動の起点を東南アジアに移す。インドネシア在住。鉄道誌『鉄道ファン』での記事執筆、「ジャカルタの205系」「ジャカルタの東京地下鉄関連の車両」など。JABODETABEK COMMUTERS NEWS管理人。

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