ザ・ロード コーマック・マッカーシー著/黒原敏行訳~人間が人間らしくなる導きの火とは

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ザ・ロード コーマック・マッカーシー著/黒原敏行訳~人間が人間らしくなる導きの火とは

評者 大和総研チーフエコノミスト 原田 泰

 破壊され荒廃した世界で、父と子が旅をしている。空はいつも曇り、冷たい雨が降ってくる。植物も動物も死に絶えた地球で、生き残った人々は、わずかに残った食べ物を争っている。凶暴な人々が、いつ自分たちを襲うかわからない。二人は、食べ物や毛布を積んだカートを押しながら、南を目指して彷徨(さまよ)う。世界は寒すぎるから、南には希望があると思って。

スーパーマーケットも家々の食料庫もすでに略奪にあい、残されたものはわずかだ。子供は荒廃した世界しか知らない。アメリカの少年なのに、偶然に残されたコーラを初めて飲む。そんな世界の中でも父と子の触れ合いがある。森でキノコを見つけたとき、お風呂に入るとき、そんなときだけ、幸せな世界の香りがするが、それは一瞬のことだ。

子供は、自分たちは善い者で、哀れな人々を救いたいと思っている。死者が残した食物を食べるときでも、子供は残してくれた人々に感謝することを忘れない。しかし、父は他人を救うことはできない、この残虐な世界で、そんなことをしたら、自分たちも死ぬしかないと理解している。父は子供を守るために、工夫を凝らし、人を殺すことをためらわない。

父にとって、善き心を持つ少年こそが希望であり、人間が人間らしくなるための導きの火である。人間たちが生きられないところでは神様たちも生きられない。神様の息はいつも人から人へ伝わるけどそれでも神様の息に違いないという。

破壊された世界に、希望の火が見える。善き者でありたいと思う子供と、この子を生かさなければならないと思う父との会話が素晴らしい。日頃の仕事から離れて、父と子の、この漂流の物語を読まれてはどうだろうか。

Cormac McCarthy
小説家。1933年生まれ。トマス・ピンチョン、ドン・デリーロ、フィリップ・ロスと並び称される現代アメリカを代表する巨匠。、国境3部作ヲの第1作『すべての美しい馬』で全米図書賞、全米批評家協会賞をダブル受賞、『血と暴力の国』は映画『ノーカントリー』の原作。本作でピュリッツァー賞。

早川書房 1890円 270ページ

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