「経済理論と現実の間で揺れる中央銀行の役割」ハーバード大学教授 ケネス・ロゴフ
相対するバーナンキとグリーンスパンの主張
そもそも99年の会議では、グリーンスパン議長(当時)はバーナンキ・プリンストン大学教授(当時)の主張を忍耐強く、かつ静かに耳を傾けていた。しかし、グリーンスパンは自身の回顧録(『The Age of Turbulence』9月末に刊行)で、87年と98年、01年に株式市場を救済するため大幅な利下げを行ったことに触れ、「利下げを決定しなければ世界は崩壊していただろう」と中央銀行の役割を主張している。
一方のバーナンキ議長の見解も、理論的には反論の余地がないように思える。すなわち中央銀行は、投資家以上には株価や住宅価格の動向を左右できないというのだ。バーナンキ議長の考えでは、30年代の大恐慌のような大きな経済ショックに直面した場合を除き、金融政策の決定に際して資産価格が決定要因となることはないというのである。
多くの経済学者は、生産高とインフレ動向に機械的に対応して金利調整をするようなコンピュータがあれば、中央銀行の役割に取って代わることができると信じている。しかし、前述したようなバーナンキ議長の見解は、理論的には反論の余地がなくとも、実際はそうした理論どおりにはいかないものだ。このような学者の主張は、中央銀行がリアルタイムで生産高とインフレ状況を“知っている”ことが前提として組み立てられているからだ。
現実には、中央銀行は非常にあいまいなデータしか持っていない。たとえば1カ月前、アメリカ政府は04年の国民生産の推定値を大幅に改訂したが、政府にはその程度の精密度のデータしかない。諸外国の状況はさらに悪い。たとえばブラジルでは、医療部門の生産高を患者の病状とは関係なく、病院への訪問回数から推計している。
インフレ率を正確に測定するのはさらに難しい。新製品や新種のサービスが毎日のように新登場する現代では、そもそも物価安定の意味から考え直さなければいけない。アメリカの統計の専門家は、新製品を考慮して消費者物価指数を固定化しようと試みてきたが、今多くの専門家は、測定されたアメリカのインフレ率は、実際のインフレ率より少なくとも1ポイントは高いと信じている。
こうした点から言えるのは、金融政策は理論的には自動的に発動することは可能だが、それはコンピュータのプログラマーがいう“GIGO”(ごみデータを入力すれば、ごみデータしか出力されない)ということである。株価と住宅価格の変動は大きくても、そうしたデータは産出高やインフレ率よりもタイムリーに入手することができる。中央銀行は資産価格に含まれる情報については、やはり考慮に入れるべきだろう。
事実、07年夏の資産価格の下落によって、生産性の低下と住宅市場の悪化が、アメリカ経済の成長を失速させているという見方は裏づけられた。私は今後、FRBは何度かにわたって、利下げを行うだろうと見ている。その際、利下げは資産市場の動向に対する中央銀行の妥協と見るべきではなく、むしろ実態経済が必要としている支援であると認識すべきなのである。
(編集部注:原稿は9月上旬に執筆されており、その後、金融政策に変更が生じています)
(C)Project Syndicate
ケネス・ロゴフ
1953年生まれ。80年マサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。99年よりハーバード大学経済学部教授。国際金融分野の権威。2001年~03年までIMFの経済担当顧問兼調査局長を務めた。チェスの天才としても名をはせる。
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