シャープ9月危機!! 経営介入へ牙を剝き始めた鴻海
その日、彼は上機嫌に見えた。
8月29日水曜日、午後6時。郭台銘(テリー・ゴウ)・鴻海(ホンハイ)精密工業董事長は、東京駅からのぞみ249号に乗り込んだ。二十数人の同行者の中でひときわ目立つのは、180センチメートルを超す身長のせいだけではない。60代とは思えぬ血色のよい頬。好奇心に満ちた瞳。報道陣のカメラとマイクに笑顔で対応する郭董事長は、まさしく“時の人”のオーラを放っていた。
新大阪までの2時間半、郭董事長は過密行程の疲れなどみじんも見せなかった。アイパッドを操りながら隣席者と語らい、車内販売の幕の内弁当もあっというまに平らげた。
だが、新大阪駅のホームに降り立った瞬間、再びカメラとマイクに取り囲まれた。前に進むのも一苦労。やっと車に乗り込むと、今度は報道機関のバイクが追いかけてくる。宿泊先へ向かう車中で、“明日”への思いが少しずつしぼんできた。
そして、翌30日15時──。
会議室で待ちぼうけ 肩透かしのシャープ
「帰っただって?!」
堺工場の会見場は、飛び交う中国語と日本語とで騒然となった。この日、鴻海が緊急会見を開くとの知らせを受け、東京はもとより台湾からも、100人以上の報道陣が駆け付けていた。しかし、会見場とドア一枚隔てた場所まで来ながら、郭董事長は姿を現さなかったのである。
さかのぼって8月25日──。シャープ本社に程近い吉野家・西田辺店を訪れたシャープの若手社員は、大量の持ち帰り牛丼を買い込んでいった。30日の会談に先駆けて、鴻海の実務担当者らが来社。準備が慌ただしく進んでいたのだ。
堺工場を運営するSDP(堺ディスプレイプロダクト)でも、「SHARP」の看板を「SDP」の看板に急きょ掛け替え、郭董事長の来日に備えた。