私は現在、歯の治療中である。子どものころから歯が弱い。今週ついにインプラントがきれいに入る。とってもうれしい! 7月30日から英国のロイヤルリザム&セント・アンズGCで、全英女子オープンが開催される。全英女子オープンといえば、歯にまつわる強烈な思い出がある。
ある年の全英女子オープン。親友のベッツィ・キングとホテルの部屋をシェアしていた。米ツアーでは仲良し同士、試合先で一緒の部屋に泊まる機会が多い。広い米国では毎週自宅に帰るのは難しく、いつも一人で泊まっているのは寂しいし、経費の節約にもなるからだ。初日が終わって夕食に出かけたときだ。その日は日本から来ていた選手ら数人と中華料理を食べに行き、私は甘辛くて大好きなスペアリブを頼んで、前歯でガブリとかじりついた。かんでいるとゴツゴツ硬いものに当たった。「あれっ、なんか変?」。トイレに行って出してみた。ナントびっくり! 縦に真っ二つに割れた差し歯が出てきた。鏡の前で口を開けると、前歯がない! 間抜けな顔がそこにあった。「うわ~、どうしよう」。割れた歯を一生懸命元に戻そうと、土台にはめ込んでみる。一瞬張り付いてもすぐ落ちる。このまま間抜けな顔で食事する勇気もなく、適当な理由をつけてホテルに戻った。
帰ると部屋にベッツィがいたので、「歯が取れた」と、泣きそうな声で訴えた。歯がない顔を見せたら笑われるかなと思ったら「大丈夫だよ」、と気にするそぶりも見せなかった。「もう、他人事だと思って」と勝手に思い込みながら、鏡の前でしばらく前歯と格闘した。日本からテレビ局は来ているし、インタビューはどうしよう。明日のプレーを考えると憂鬱になった。口を開けないでスイングできるかどうか試してみた。なぜなら体に無駄な力みをなくしてスイングするため、インパクトでは口を閉じない。また、口を開けないでずっといられるかどうか試してみた。
でも、どうやったって無理。こんな間抜けな顔をさらすくらいなら試合に出るのはやめようと思った。そしたら気が楽になって、米国に住んでいる知り合いに歯が取れたから帰る、と電話を入れた。そしたら、歯が取れたくらいで試合をやめる人は聞いたことがないと、一喝された。
人間どうにかしようと思えばいろんな知恵が湧いてくるもの。ホテルの近くで歯医者を見かけたのを思い出した。幸い翌日は午後スタート。午前中に歯医者に行けばいいんだと思い、少し気が楽になって眠れた。翌朝、歯医者に電話して緊急で診てもらい、テンポラリーの歯を入れてもらった。私は感動した。まず急に来て、ぴったり入る作り置きの前歯があったこと、当時、英国は高福祉制度で治療代金が取られなかったことに驚いた。
鏡を見てにっこり笑うといつもの顔に戻っていた。コースでは、いつものように口を気にせず、プレーに集中できた。
1963年福島県生まれ。89年にプロ初優勝と年間6勝を挙げ、90年から米ツアーに参戦、4勝を挙げる。欧州ツアー1勝を含め通算15勝。現在、日本女子プロゴルフ協会(LPGA)理事。TV解説やコースセッティングなど、幅広く活躍中。所属/日立グループ。
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