動学的コントロール下の財政政策 社会保障の将来展望 上田淳二著 ~非現実的な高成長前提の財政健全化
増税の前に成長率を高めることが先決、と主張する人は、過去20年間の実績を正しく認識しているのだろうか。1990年代以降の平均成長率は、わずか0・9%に過ぎない。一時的には高成長も達成可能だが、景気は好不況を繰り返すものであり、高成長の永続を前提に財政健全化を考えるのは、非現実的である。
成長率がそのままでも、インフレ率を押し上げ名目成長率を高めれば、税収増で財政健全化が容易になるという主張はどうか。確かに名目成長率が高まれば税収は増える。しかし、同時に歳出も膨らむ。金利が上昇すると利払い費が膨らむだけでなく、現在の制度設計の下では社会保障費を中心にプライマリー支出も増加するのである。
社会保障制度には、物価スライドや賃金スライドなどが組み込まれ、現役世代の所得水準の向上を引退世代が享受する制度設計となっている。このため、インフレ率や名目賃金が上がれば、社会保障給付も増える。もちろん、多少のラグがあるため、名目成長率が高まると一時的に財政健全化が進んだように見える。しかし、長いタイムスパンで見ると、名目成長率を高めることが財政健全化に必ずしもつながるわけではない。
本書は、現行の社会保障制度を続けた場合、財政状況が長期的にどうなるか、持続可能なものにするにはどの程度の財政調整が必要かを、動学的一般均衡モデルを使って分析する。成長率やインフレ率を高めても、制度改革抜きでは財政健全化が難しいことが精緻なシミュレーションで示される。数十年の長い期間を要する財政健全化を考えるうえで、重要な示唆を与える。「増税の前に、景気回復やデフレ解消が必須」という意見は、結局は先送りのための言い訳に過ぎないことがよくわかる。
うえだ・じゅんじ
財務省財務総合政策研究所研究部財政経済計量分析室長。1972年生まれ。94年東京大学経済学部卒、旧大蔵省入省。省内の各局勤務を経て2008年京都大学経済学研究所准教授、11年より現職。英ランカスター大学修士(ファイナンス)、英ロンドン大学(LSE)修士(経済学)。
岩波書店 6930円 252ページ
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら