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旧東ドイツのルサンチマンをかき立てた難民危機…「働いている外国人は問題ない」右派ポピュリズムAfD系首長の街で人々が語ったこと【第1回】

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客足が絶えたのを見計らって店員に話しかけると、経営者の男性(49歳)はトルコ系クルド人で、クルド人がもう1人、パキスタン人が1人働いていた。

この経営者は1998年にドイツに来たが、ピルナ市内では00年代のほうが極右の若者による外国人敵対的な事件が多かったという。極右政党「ドイツ国民民主党(NPD)」が04年、09年にザクセン州議会に議席を得たころだ。

「新しくピルナに来た移民・難民は時々問題になることがあるが、私たちのように制服を着てちゃんと働いている外国人は、AfDとの間で問題はない。もしかすると今後あるかもしれないが。外国人に関して言われていることはすべて政治、政治だよ」と、外国人問題が実態以上に政治的スローガンとして使われていることを力説した。

店内ではドイツ人の老夫婦と若い男女がテーブルに座って食事をしていた。ドイツのどこにでもある光景と変わりはなかった。

翌日、市内を歩くと、確かに旧西ドイツの町に比べて外国人の姿を見ることは少ないが、ケバブ食堂だけでなく、ベトナム人が経営しているアジア料理の食堂も数軒あって、客が焼きそばをほおばっている。これもどこの町でも見られる光景だ。

難民・移民対象の語学学校教師の体験

翌朝、ようやく空が白んできた午前8時過ぎから町に出ると、ホテルに近い街角で、男女7、8人が立ち話をしていた。そのうちの30代と見られる男性に「日本のジャーナリストだが、いくつか質問していいか」と話しかけた。

男性はシリア人で、集っていた人たちは語学学校に通う外国人たちだった。確かに建物の入り口に、辞書で有名なドゥーデン社による語学学校の看板が掲げられている。

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