フジテレビ騒動から1年… 今もテレビ業界をむしばむ"昭和のノリ"という致命的な病、「攻めてるバラエティーこそ正義」がもはや時代錯誤である理由
この言葉は1980年代にフジテレビが掲げ、テレビ業界全体を新しい方向に導いた。そして、確かにテレビ全体が楽しいメディアに変わった。他局もフジテレビのマネをして娯楽色を強め、ゴールデンタイムはバラエティー中心に染まった。
だが、「楽しくなければ」という言葉は、いつの頃からかハラスメントを内含してしまっていたのではないか。まじめさやおとなしさが「ノリが悪い」と評されかねず、ハラスメントを指摘すれば「場を壊す」とされ、嫌がることが封じられる。そんな同調圧力を誘発する言葉にもなっていたように思う。
「テレビなんだから」と言われると、アナウンサーや俳優も従わざるをえず、はしゃいでいるふりをして、自分の不快さから目を背けていたのではないか。文化人と言われる人までバラエティー番組で騒いで、時に人気者になるなんて、どこかおかしい。
テレビ局が抜け出せない“死に至る病”
フジテレビがあんなことになった今も、子どもも見る時間のバラエティー番組で芸人を極限状態に追い込んだり、嫌なことを強いる番組が普通に放送されている。そんなの、どうかしている。「攻めてる」などと褒めている場合か。
「攻めてるバラエティーこそテレビ」という感覚こそフジテレビにルーツがあり、テレビ業界全体が脱却すべきものだ。フジテレビに憧れてテレビ局に入った作り手たちが、そんな感覚を共有するごく一部の層に向けて放送を垂れ流しているだけで、すでにそんな番組は視聴率が取れなくなっている。
騒動から1年が経った今、フジテレビで起きた問題を業界全体で総括してほしい。自分たちがいいと思ってきたことは、一昔前にフジテレビに影響された感覚ではないか、そこにはハラスメントを生み出しかねない精神性が内含されているのではないか。フジテレビを他山の石として、自分たち自身の反省すべき点を検証してほしい。
テレビが新たな方向性を見いだして生き残るためにも、業界全体が見直すべきタイミングだと思う。
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