京王最大の駅を率いる新宿管区長の「意外な経歴」 中途入社後に配属の渋谷駅で"料理の腕"を発揮

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そうして最初に配属されたのが、渋谷駅だったというわけだ。

ここで、ひょんなことから調理師としての経験が生きることになる。当時は駅係員の食事はみな、駅員たちが交代で作るならわしだった。食事作りがシフトにも含まれていたのだ。そこは竹島さん、元プロである。腕を振るい、好評を博す。

「夕方の4時頃にスーパーに買い出しに行って。出面の人数分の食事を作る当番ですね。私はほぼほぼ毎日、食事当番でした。メニューを考えたり、みんなの分のご飯を炊いたりするのが大変でしたね(笑)。得意料理は……豚の角煮でしょうか。私はコーラで煮込むんです。甘味がついて、炭酸で柔らかくなって美味しいですよ。評判はよかったですね。ほかの管区の人からはうらやましがられて」

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前職での経歴が駅で役立つ

いわゆる“同じ釜のメシ”というやつだ。当時の渋谷駅ではほとんど竹島さんの“専業”になっていたが、だいたいは若手が腕を振るう。そしてその食事を皆でつつき、コミュニケーションも深めていく。

いまでも新宿管区をはじめ、駅には台所が残っている。しかし、誰かが食事を作るシステムはもうなくなったという。コロナ禍をきっかけに、食事は各自でというスタイルがすっかり定着したのだ。竹島さんの若き日の思い出話も、少しずつ話が通じなくなりつつあるのかもしれない。

こちらは新宿駅のバックヤード。かつては食事当番の駅員がまかないを作っていた(撮影:鼠入昌史)
【写真の続き】関係者以外立ち入り禁止のバックヤード。利用客からは見えない地下の“ある場所”でのホーム監視や構内放送によって駅の安全が守られている
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