なぜあの学校や自治体はうまくいく?苫野一徳が語る「学びの構造転換」超秘訣 「何のための教育か?」見落とされがちな本質論
「対話ベース」や「生徒参加型」の校内研修に挑戦する学校も
――教員研修で希望を感じられた事例はありますか。

哲学者/教育学者
熊本大学大学院教育学研究科・教育学部准教授。一般社団法人School Transformation Networking理事。教育とは何か、それはどうあれば「よい」と言いうるかという原理的テーマの探究を軸に、これからの教育のあり方を構想。公教育の本質は「自由の相互承認」の実質化にあるとし、具体的なあり方として「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」などを提唱。主な著書に『教育の力』(講談社新書)、『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)、『「学校」をつくり直す』(河出新書)、『学問としての教育学』(日本評論社)、『親子で哲学対話』(大和書房)など
(写真:苫野氏提供)
私が以前ご一緒した福岡県の古賀市立小野小学校では、3年間、対話ベースの校内研修に取り組んだのですが、学校の文化が本当に変わりました。
まずは、先生同士でグループになり、なぜ先生になったのか、どんな学校を作りたいか、どんな子どもたちの姿を見たときに嬉しくなるかなど、“青臭い根っこの話”をします。そうやってお互いを知り、安心できる空間を作ったところから、学校の最上位目標をみんなで対話しながら考え、その最上位目標のために何ができるかについても一緒に考えました。そして、「私はこんな実践をしてみます」とそれぞれが挑戦を始め、次の校内研修でフィードバックし合う。これを繰り返しました。
すると、新しいことにチャレンジする先生がどんどん増え、お互いを認め合い、応援し合える文化ができていきました。何かあれば「そもそも」のところに立ち返る「問い合う文化」もできるので、チームとしてもすごくまとまりがいい。研究主任の先生が交代した今も、対話ベースの校内研修は文化になってしっかり続いているそうです。
このほか、今年1月に参加させていただいた熊本大学教育学部附属中学校の校内研修もすばらしかったです。先生と生徒がそれぞれ20人ずつ集まって、混ざり合いグループになって本質観取を行うという、これまでにない発想の研修でした。
「よい生徒会活動とは何か」というテーマで対話したのですが、先生と生徒が対等に答えを探し合っていく姿はまさに探究の仲間といった感じでした。本質観取は自分の考えや体験を持ち寄って対話が進むので、自然とお互いの深いところを開示し合うことになるんですよね。
そのため、よい議論ができたことはもちろん、最後に生徒たちが「先生がすごく優しくてびっくりした」「先生はこんなに考えてくれてたんだ」と発見があったようで、先生も「生徒がこんなに深いところまで考えていたのか」とおっしゃっていました。校内研修の生徒参加は最高だなと思いましたね。