幼児期と思春期がカギ、子どもの「脳と心」を健やかに育てる環境のつくり方 大事なのは「感情や感性」を豊かに経験すること
そうした身体反応を伴う感情を含むものです。脳からの信号が身体に影響することもあるし、身体反応が脳に信号を送ることもある。脳と心は、複雑な相互関係をもっています。
AIは既存の知識に基づく知能の側面ではヒトをはるかに超えていますが、感動する・びっくりする・人と喜び合うなどといった人間らしさの根幹にあたる心の側面は、身体を持たないAIが自律的に感じることは困難です。身体―脳の相互作用によって生じる感情や感性を豊かに経験することこそが、人間らしい脳と心の発達には不可欠です。
――「人間らしさ」の象徴として社会性があると思います。ヒトの社会性はどのように育っていくのですか。
社会性をもう少し具体的に説明すると、相手の立場を場面に応じて柔軟にイメージしたり、推論したりしながら、適切な人間関係を築いていくことになるでしょう。ヒトにもっとも近縁なチンパンジーでも、こうした高いレベルの社会性は持っていません。ヒト特有の社会性の脳内の中枢は、前頭葉、とくに「前頭前野」とよばれる場所のはたらきが大きく影響します。
環境の影響を受けやすい脳の「感受性期」は2回ある
――前頭前野はどのように発達していくのでしょうか。
前頭前野の発達は25歳ごろまで続きます。長い期間をかけてヒトは前頭前野を発達させていくのですが、この期間、環境影響をとくに受けやすい「感受性期」と呼ばれる時期が2回あります。1度目は4歳ごろの幼児期後期、2度目は思春期に当たる時期で、環境要因が前頭前野の発達に大きく影響すると考えられています。
ヒトの人生において、脳神経細胞の数がピークを迎えるのは、妊娠期から生後数カ月と言われています。生後8カ月ごろから、視覚野や聴覚野といった比較的早く成熟する脳部位では、神経細胞同士をつなぐネットワーク、シナプスの「刈り込み」が始まります。
多くの神経細胞が過剰にネットワークを形成していくのですが、それは同時に、過剰なエネルギーを必要とします。そこで、生まれ落ちた環境での情報処理によく使われるネットワークだけが生き残り、あまり使われないネットワークは消えていきます。これを「刈り込み」現象と言います。こうした変化が、脳の感受性期に起こっているのです。
虐待など、厳しい環境で育たざるをえなかった子どもは、大人になってから、そうではない環境で育った人とは異なる脳の構造になりやすいことがわかっています。不適切な環境で生き延びるために必要な脳内ネットワークが異質になるからです。それは、生涯にわたる脳と心の健康に大きく影響します。
前頭前野のシナプスの刈り込みは4歳ごろに始まります。さらに思春期に急激に進み、25歳ごろまで継続されます。とくに、幼児期、思春期の環境保障は、人生の心身の幸福を左右するきわめて重要なものです。
心地よい記憶や身体感覚を積み重ねることで、心が育つ
――幼児期に、大人はどう関わるのがいいのでしょうか。
「適切なアタッチメントの形成」が何よりも大事だと思います。例えば子どもと触れ合う、抱きしめるといった身体接触は、親と子双方に「オキシトシン」を分泌させます。オキシトシンは「愛情ホルモン」とも呼ばれていて、社会性に関する脳や心の発達に直接的に影響します。
触れ合いによる心地よい記憶や身体感覚を日々積み重ねることで、心身に不安を感じたときに必要となる誰かとのつながり(アタッチメント)が形成され、脳や心が健やかに育つ土台がつくられます。そもそもヒトは哺乳類動物の一種なのですから、アタッチメント形成が生存に直結するのは当たり前ですね。
アタッチメント対象は、母親である必要はありません。母性や父性という分け方は、最新の科学の知見では支持されていません。性差を問わず、子育て経験を積み重ねていくことで、ヒトは子育てに適応的にはたらく脳内ネットワーク、「親性脳」を発達させていくことが明らかとなっています。実は親も、子どもとの触れあいによって脳が育っていくんですよ。