E・レヴィナス『存在の彼方へ』合田正人 訳/講談社学術文庫
筆者はこれまで、看護ケアや、困窮地域に住む子どもの支援現場を中心に調査を行ってきた。こうした現場と出合う中で筆者が学んだのは、支援者たちの体が考える間もなく、苦境にある人へと赴いていることだった。
例えば、看護師が患者を手当てするときには、具体的に患部を意識するより先に、声をかけ、手を動かしている。患者へと向かうことは、具体的な言葉がけや手当てにおいて実現する。しかし看護師は、言葉をかけるより先に、呼ばれるより前に、すでに相手に向かっている。社会的困窮地域の支援者は、怒鳴り散らす若者の声が「助けて」と聞こえてしまうがゆえに、言葉にならないニーズをキャッチしようとする。
〈語ること〉と〈語られたこと〉
この“気づく間もなくすでに”相手へと向かっているベクトルを、レヴィナスは哲学の問題として考え、『存在の彼方へ』では、〈語ること〉と〈語られたこと〉を対の概念として導入した。連載の前回で紹介したように、対人関係は「存在の彼方」において他者に取りつかれる出来事だ。
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