欧米型のフレキシブルな研究体制をつくりたい

――今改めて「世界に伍する研究大学」を目指されていますが、これまでも数々のノーベル賞受賞者を輩出されるなど、日本を代表する研究大学として知られています。京大の歴史的な研究の特色や強みについてお聞かせください。

京大が創立されたのは明治30年、日本で2番目の帝国大学としてスタートしています。東大は官僚をはじめとした政治社会のリーダーを育成する一方、京大は研究者を育てる研究型大学として誕生しました。当初は西洋の最先端の知識や成果を輸入し、日本に内在化することを進めていましたが、国力が増す中で、日本独自の研究をする風潮が生まれました。

当時の学内はまさに「パイオニア精神」に満ち溢れていたと言います。そうした風土の中で、日本初のノーベル賞受賞者も生まれたのです。私も常々先輩から「自分の学問を開拓しろ」と言われてきましたが、そうした独創性を重んじてきた伝統が今も息づいています。

湊長博(みなと・ながひろ)
京都大学 総長
医学博士。専門は免疫学。1975年京都大学医学部卒業後、アメリカ・アルバートアインシュタイン医科大学研究員、自治医科大学助教授などを経て、1992年京都大学医学部教授に就任。2010年以降、同大大学院医学研究科長・医学部長、理事・副学長、プロポストなどを歴任し、2020年10月より現職

――その一方で、世界大学ランキングを見ると、アジア圏の大学と比較してもランクが落ちますが、この状況をどう捉えていますか。

確かに問題点があります。まず日本の研究型大学とは言っても、西洋から輸入したシステムであり、明治後半からその体制はほとんど変わっていません。1990年代に国立大学で大学院重点化が行われ、それは私も当時は現役の教授として大きな変化だと感じていましたが、改めて振り返ると体制はほぼ変わっていないんですよね。

20世紀までは「屋根裏部屋で大発見」といった成果も実際あり、研究はローカルな体制でも効率よく行うことができました。しかし、21世紀に入ると、それが通じなくなった。科学技術が高度に専門化・システム化する中、欧米の大学は柔軟に変革を遂げてきましたが、その動きに対応できる体制を日本はつくれなかったのです。それが京大をはじめ日本の大学全体の大きな課題だと感じています。

――2020年に総長に就任されて以降、任期中の基本方針として「教育・研究支援体制の再構築」「人材多様性の確保」「財政基盤の強化」を掲げられています。これまでの取り組みをどう評価されていますか。

まだ50点です。マインドが醸成され、具体的な動きも出てきていますが、3年ほどですべてをガラッと変えることは難しく、形になるにはもう少し時間がかかるでしょう。

とくに先ほど申し上げたように、理系の研究体制は変える必要があると考えていますが、理解を得るのがなかなか難しい。しかし、教授・准教授・助教の3~5人で構成する昔ながらの小講座制では、もはや最先端のサイエンスには対応できません。

欧米の大学の研究体制は領域や部門ごとのデパートメント制であり、チェアマンの下、若手から中堅の教授・准教授やポスドク・院生などを含め20~60人の組織となっています。日本でも成果を上げるために、欧米型のフレキシブルな研究体制をつくらなければいけません。

そのために特区をつくって「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」にも取り組んでいますが、これはあくまで特区でありコアではありません。多様性のメリットを生かしていくためにも、コアである大学の組織体制を変えていきたいと考えています。

「何とかしないとまずい」、危機感を募らせた教員たち

――「人材多様性の確保」に関しては、第4期中期目標・中期計画において、女性学生比率や女性教員比率の増加がキーワードとして挙がっています。実際、2026年度入学者の入試から、理学部と工学部で女性募集枠を設けると発表され話題となりました。女性募集枠設置に至った背景や狙いについてお聞かせください。

京大は自然科学系の分野が多くを占める大学であるため、歴史的に女性学生が少ないという背景があります。理・工学部の全学生に占める女性学生の割合は10%前後、女性教員も12~13%と主要国立大学で最低レベルの状態が続きましたが、これは明らかに世界のスタンダードから外れています。

また京大は、5年前の時点で40歳未満の教員は全体の17%程度と、若手研究者が極端に少なくジェネレーションギャップの問題も抱えています。そこで、外部資金も活用しながら教員を採用できる仕組みをつくり、若手研究者、とくに女性を優先的に採用するよう努めています。

こうしたアファーマティブな取り組みが奏功し、女性教員比率はここ3~4年で16~17%まで上昇しました。2027年度までに20%を目指していますが、さらに目標を引き上げたいと思います。

しかし一方で、若手の女性研究者はほとんどいないまま。実は、ここを「何とかしないとまずいのでは」と危機感を募らせたのは、理学部や工学部の先生方でした。多くの先生方がグローバルに活躍されているので、日本がおかしいことを理解されているんですよね。だから女性募集枠の導入に至ったわけですが、全学会議でも大きな反対はありませんでした。

ただ国立大学は、制度的に一般入試では女性募集枠をつくれないため、特色入試の枠を広げて女性募集枠を設けました。

――具体的にはどのような入試になるのでしょうか。

理学部では「総合型選抜」、工学部では「学校推薦型選抜」で女性募集枠が設置されます。両学部計98人の定員に対して女性募集枠は39人。レポートなどの書類審査と大学入試共通テストの成績などによって合否が決まります。

実はこれまでの特色入試では女性の割合が多く、一般入試の入学者と比べても入学後の成績は良好なんですよ。むしろ目立って活躍するケースもあります。そのため、将来の日本の学術を担う女性を育成するためにも、2年目以降は特色入試枠をもう少し拡大して女性募集枠を増やせないかと考えています。

とはいえ、ジェンダーギャップの影響が大きい学部を早期に是正していくべきだとの考えで取り組んでいますので、農学や医薬、建築などもともと女性が多い領域には、女性募集枠を設けるつもりはありません。

「研究力が落ちる」「逆差別」はまったくの的外れ

――女性募集枠設置には批判の声もありますが、その点はどう捉えていらっしゃいますか。

例えば、このまま女性募集枠を増やすと「将来的に京大の研究力が落ちるのではないか」といった声がありますが、それはまったく的外れな批判です。学内でさまざまなデータを取っていますが、今いる男女の教員の研究成果や科研費の取得率などを比較してもまったく遜色ありません。

また、今まで女性は社会的な差別をされてきて、しかも見て見ぬふりもされてきたわけです。そうした問題のあったプロセスやシステムを正常な状態に是正することに対して「逆差別」だと批判するのも、まったくの的外れです。

――入学後のサポートや環境整備についてはいかがですか。

女性学生だけでなく、女性教員のためにも環境整備を進めているところです。設備面は、トイレなどは以前から整えてきていますが、必要な部分は早急に改善が必要だと考えています。昨年12月には、教員等向けの学童保育所「京都大学キッズコミュニティKuSuKu(クスク)」を学内に設置しました。お子様を預かるだけでなく、学内の教員や大学院生が子どもたちに向けて学問に絡めた教育プログラムの提供もしており、人気を博しています。

「京都大学キッズコミュニティKuSuKu(クスク)」

また、外国人女性教員の指摘を受け、教授会の会議は遅くとも午後6時までには終わるようになった部局もあります。この方針は、学内の会議にも広がってきています。そのほか、日常生活でのさまざまなストレスに対するケアも女性学生からニーズが非常に強いので、カウンセラーの人手を増やす予定です。学生は大学にとって大事な存在。これからも今まで以上に手をかけて、ケアを手厚くしていきたいと考えています。

「外国人教員や留学生」も活躍できる環境を

――そのほか、「人材多様性の確保」に関して力を入れて取り組まれていることはありますか。

女性と同様、外国人教員や留学生も単に数を増やすのではなく、インクルードして活躍できる環境をつくらなければ、本当の意味での多様性の確保にならないと思っています。

京大では今、大学院でかなり留学生が多くなっていますが、学位を取った留学生にどのようなキャリアパスを提供できるかが課題となっています。

いわゆるポスドク問題が大きく影響しています。欧米では研究費にはポスドクの給料が含まれていますが、日本の研究費には含まれていません。そのため雇用が難しく、日本の大学院博士後期課程の進学率が低下しているわけですが、そのことで留学生もキャリアパスが描きづらくなってきています。東南アジアからの留学生にはまだ人気があるものの、このままでは日本に留学生が来なくなると思います。

本来ならアメリカのように、成果を出せば研究者として大学に残れる明るい道が開かれているべきです。だから京大では、優秀な日本人学生にはもちろん、留学生に対しても、大学の中で何とか研究費をつくって支援するほか、大学のスタッフとして生き延びる道をつくっていかなければいけないと考えています。

――多様性の確保により、どのような人材を社会に送り出したいとお考えでしょうか。

われわれは単なる戦力ではなく、京大が受け継いできたパイオニア精神を持った人材を育てたいと思っています。研究でもビジネスでも、哲学でも思想でも何でもいいので、自分たちの研究や学問で社会を変えていく、社会にインパクトを与えていくという気概を持ってほしいですね。

例えば、京大からは今、核融合をはじめ、ディープテックのスタートアップが多く誕生していますが、ひょっとしたら20~30年後の世界のエネルギー事情を変える存在になるかもしれません。時間はかかっても、社会を変革するようなことにチャレンジする、さまざまな分野でパイオニアとなるような人材を育てていきたいと思っています。

(文:國貞文隆、写真:京都大学提供)