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「社会主義になっても人間の本質は変わらない」 佐藤優の情報術、91年ソ連クーデター事件簿58

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ラトビアの首都リガの無司祭派修道院を、モスクワ国立大学哲学部科学的無神論学科で一緒に勉強していたアレクサンドル・カザコフ君(愛称サーシャ)が案内してくれたことがある。1989年1月のことだった。

当時のサーシャは異論派(ディシデント)の活動家で、KGB(ソ連国家保安委員会)からマークされていた。ラトビア出身の秀才である彼は、監視が厳しいモスクワよりもリガを活動拠点にしていた。ロシア人でありながらラトビア人民戦線の創設幹部になり、ソ連体制を崩壊させることが正義だと信じ、文字どおり命懸けで活動していた。

サーシャが目指したのは、ラトビア人、ロシア人、ユダヤ人など帰属する民族にかかわらず、すべての国民の人権が保障される自由な共和国だった。91年8月のクーデター未遂後、ソ連も日本を含む国際社会も沿バルト3国(リトアニア、ラトビア、エストニア)と外交関係を樹立した。

しかしその後、ラトビアに成立した政権はラトビア人至上主義をとるようになった。ラトビア人が政治、経済、教育、文化などすべての面で主導権を握るエスノクラシー(民族支配)だ。

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