「タイパ重視」を習慣にするZ世代の超意外な盲点 30代上場企業役員があえて小説を書く理由

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私がこれまでやってきたことは、AIの研究開発しかり、会社の創業しかり、上場しかり、小説の執筆しかり、どれも結果が出るまでに数カ月、あるいは年単位の努力を要するものである。その途上を私は楽しんできたが、常にYouTubeよりも魅力的だったということはない。しかし、私が一時間単位のタイパで次の行動を選んでいたら、決して今この場所にはいなかった。

だからこそ、今の若者が目先のタイパに囚われてしまっているのは、個人にとっても社会にとっても損だと考えている。もちろん、全員が全員、将来に向けた投資的な性向を持つべきとは思わない。だが、単に機会の問題で短期のタイパに拘泥するようになっているとしたら、本当にもったいないことだ。そこで私にできることは、時間をかけて鑑賞する価値があるような物事を生み出し、あるいはその存在を伝え、機会を生み出すことだと思う。

あえて一作に何百時間もかかる小説を書く理由

「なんで小説なんて書いてるの?」と本当によく聞かれる。上場企業の役員で、経済活動で日々の成果を出している者がなぜ文芸に本腰を入れているのか、まるで理解できないらしい。対する答えの半分はエゴである。書きたいから。小説が好きだから。小説からしか得られない感動があると知っているから。小説が軽視される時代に我慢ならないから。小説から生まれる感動を、今を生きる人に伝えたいから。

そして、答えの残り半分はロジックである。文芸は現代に適応し生き残らなければならない。どうせやるなら、ビジネスやIT、AIに通じる人間がやった方が成功確率は高い。同じ技術でもっと儲かる業界はあるかもしれないが、文芸で頑張ることには、短期的に金銭リターンを得ることよりも大きな価値があると思ったのだ。

【2024年・第22回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作】ファラオの密室 (『このミス』大賞シリーズ)
『【2024年・第22回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作】ファラオの密室(『このミス』大賞シリーズ)』(宝島社)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

だから私は、タイパも全てわかったうえで、あえて一作に何百時間もかかる小説を書く。そしてそれを、現代にあった方法で広める手段を模索しているところだ。私の作品を手に取った人にとって、傑作であるかもしれないことを願って。それは便利になりすぎて、全ての損得が数字で語られるようになってしまった時代に、文化の種を蒔く行為であると思う。

あるいは私の試みは、徒労に終わるかもしれない。兼業作家の私にとって、執筆は余暇から時間を捻りだして行うものだし、報われるかわからず、やらなくても誰にも責められない努力より、無料の動画を見ている方がよほど楽しいのも理解している。しかし、やらずに諦めることはできない。今ここで頑張る方が、人生単位のタイム・パフォーマンスではいい結果が出ると信じることができるのは、今まで読んできたたくさんの小説のおかげだ。

そして、いつか誰かが私の作品を読んで、同じように感じてくれたのなら、それだけで私のやったことには価値があると思えるだろう。

白川 尚史 作家、マネックスグループ取締役兼執行役

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しらかわ なおふみ / Shirakawa Naofumi

2012年東京大学卒業。在学中、工学部松尾研究室に所属、弁理士資格取得。2011年6月ソシデア知的財産事務所入所。2012年10月AppReSearch(現PKSHA Technology)を設立し、同社代表取締役に就任。2019年9月PKSHA xOps代表取締役を経て、2021年6月にマネックスグループの取締役に就任。2022年4月にマネックスグループに参画し、取締役兼執行役。2023年10月、著書『ファラオの密室』が、宝島社が主催する第22回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。

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