なお、TSMCはこれまで海外に進出する場合、合弁を行うことなく自社100%の出資だったが、熊本のケースでは顧客を少数出資者として迎え入れた。これで誘致元の理解を得られやすくなることから、欧州でもボッシュ、インフィニオン、NXPを少数株主として迎え入れて現地製造子会社をドイツ・ドレスデンに設立することが発表された。
ソニーとTSMC、そしてアップル
2022年12月12、13日にアメリカのIT大手アップルのティム・クックCEOが熊本を訪れた。熊本城や地元小学校の授業を見学し、ソニー熊本TECを視察したことがニュースになったが、訪問した本来の目的が理解されていないようだ。
2023年に発表されたiPhone15のカメラにも従来同様にソニー製のCMOSイメージセンサー(CIS)が採用された。しかし、新型CISの製造に苦戦していたことがソニーの四半期決算発表会で明らかになっている。その製造遅延に関しては当然アップルも把握しており、クック氏の熊本訪問は悪く言えば尻に火をつけにきたと考えられる。
このことでソニーは厚木にいる技術者も熊本での立ち上げ支援に充当したことが漏れ伝わっている。そして、クック氏のもう1つの目的にはJASMの建設が予定通り進んでいるかの確認もあっただろう。日本政府の都合で本来の計画(TSMC台南製造)から熊本に変更されたわけで、それによってアップルの製造計画に影響があってはならないからだ。クック氏は購買・SCM(サプライチェーン・マネジメント)部門出身のプロであることを理解していれば上記の理由は理解できるだろう。
アップルの影響力が大きいのは次の図を見るとわかるだろう。
アップルは購買力が頭抜けているだけではない。同社には製造メーカー出身のエンジニアが多く採用されている。この技術詳細やコストを熟知したエンジニアたちが短期・中期(5年先)・長期(10年先)のシビアな技術仕様を作成し、購買部門がフォーキャスト(予測)を提示する。アップルのサプライヤーはこれらの要求を実現するために開発計画や設備投資計画を立案し実行するのである。
現在報道されているJASM第2工場や第3工場、ソニー熊本TECの新工場建設も他の顧客からの需要ももちろん考慮するがこのアップルからのフォーキャストをベースにして投資が検討されているはずである。アップルはTSMCの2022年売り上げの23%、2021年は26%を占める最大顧客である。ソニーのCIS部門の最大顧客ももちろんアップルである。
TSMCもソニーももちろん他のサプライヤーも最大顧客アップルの要求を満たすために、それこそ馬車馬のように走り続けるしかないのである。要求を満たせなくなった場合、ジャパンディスプレイ(JDI)のようにシビアな判断が待っており、その厳しさからサプライヤー企業の中からは「毒まんじゅう」になぞらえ「毒リンゴ」と揶揄する声もあるほどだ。
毒リンゴを食べたウェーハ姫のハッピーストーリーは果たして描けるだろうか。
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