インクルーシブ教育を阻む、同級生の「お世話係」を任命する教員に欠ける視点 「困りごと」への先回りこそが成長の機会を奪う
インクルーシブな教室を実現するために、まず人はそもそも多様で固有の困りごとがあると認識すること、そして子どもたちと一緒にそれを解決することが大切です。成長するために「困る」という経験は必要なことです。困りごとに先回りしてしまうと、その成長の機会を奪うことになります。まずは「困っている」ということを子どもが示せる安心な環境をつくり、その困りごとに一緒に向き合ってほしいと思います。
例えば書字に困難さのある子どもが、板書の時間が足りないと困っていた事例があります。教員は「どうしようか?」と言って、一緒に解決策を考えることにしました。2人で出した結論は「カメラで黒板を撮影する」というアイデアでした。でも、2~3カ月すると、その子は「自分だけ写真を撮るの、恥ずかしいかも」と言ってきました。
――配慮されることが平気な子どももいれば、気になる子どももいるわけですね。
そうですね。そして、みんな違うのに障害名でひとくくりにされ、当人を抜きにした配慮がなされてしまうことは多々あります。「お世話係」や「してあげる」教育も、その延長線かもしれません。ちなみに、その子に「こちらで作った板書のコピーを渡そうか?」と言ったところ、「でも、不公平だと思われたくない」と言ってきたので、板書のコピーを家でゆっくり写してくるということになりました。
――効率は悪くても、本人の意思が反映されたことがとてもよかったと思います。
そのとおりです。こうしたことは教師だけでなく保護者にも言えることで、保護者の意思で子どもの行動が決められてしまうことも多々あります。とはいえ、保護者にも安心感が必要です。保護者にも安心してもらうためには、教員から「こんなこともできるようになりましたよ」など、学校でのポジティブな情報を伝えていくことが第一歩かと思います。
――前向きな変化を感じることがあれば聞かせてください。
1つは「特別扱いせずに済む」方法の選択肢が増えたことです。GIGAスクール構想により、1人1台端末を利用できるようになりました。先に挙げた書字に困難さのある子ども例の場合、以前はカメラで黒板を写すことは「特別扱い」でしたが、1人1台端末になったことにより、「特別扱いしなくていい授業」を実現しやすくなったといえるわけです。
もう1つは、当事者の声をSNSで拾いやすくなったことで、障害や困難さに対する受け止め方が変わってきたことです。社会が「多様性」「ダイバーシティー」といったことに着目し始めたことはとても大きいですね。心がけたいのは、彼らは「してあげる」「してもらう」という関係性を求めているのではなく、単に理解してほしいのだということ。だから対話が必要だし、その子の困りごとを一緒に言語化することが重要なのです。意識はちょっとしたことで一気に変わっていくもの。教育も子育ても多様であっていいんだと思える社会を、みんなでデザインしていけたらいいですね。
(文:鈴木絢子、写真:Ushico / PIXTA)
東洋経済education × ICT編集部
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