困難を見落とされがちな「境界知能」の子、「就職が難しい」「だまされる」事例も 育まれにくい「自己肯定感」、早期から支援を
知的障害や発達障害についてはさまざまな研究が行われていますが、境界知能については、国内でも海外でもあまり行われていません。研究費もギフテッドなどの目立つところに注がれる傾向がありますから。日本では知的障害に対する偏見が強い時代があり、本人やその家族が支援を求めにくい状況が続いたため研究自体が広がらなかった面もあります。医師も医学的な診断尺度がないから薬を出せませんし、「様子を見ましょう」となりがちなのが現状です。
こうした状況のため、自分が境界知能だと認識している人は少ないと思われます。何かのきっかけでIQ検査を受けて境界知能だとわかり、「自身がそれまで抱えていた困難さが納得できた」とおっしゃる方もいます。
──学習能力を伸ばす方法はありますか。
特効薬のような方法はありません。大人になったときの影響までしっかりと明らかにされたトレーニングは存在しないのが実情です。
また、境界知能の方の中でも個人差があります。言語理解もワーキングメモリーも数理的な処理も、全体的に苦手という方もいます。一方、飛び抜けて得意な領域がある方もいますが、そういう方はたいてい発達障害の特性のある方ですね。
そうした得意・不得意に対するアプローチをはじめ、短期集中で取り組むのがいいのか、できないことは手伝ったほうがいいのかなど、きちんと研究・実証された支援プログラムはまだありません。
「IQを上げるにはどうすればいいですか」という質問もよくされるのですが、IQとは「精神年齢(何歳相当の発達かを表す指標)÷生活年齢(暦年齢)×100」で表します。発達とともにできることが増えても、同時に生活年齢も上がるので、IQの向上を目指すのは意味がありません。むしろ本人のストレスになります。IQやテストの点数を上げることよりも、自立を目指すことが大事です。
──現状、境界知能の方はどのような進路を選択されているのでしょうか。
高校生や大学生にも境界知能の方はいますが、問題がより顕在化するのは、就職活動の時や社会に出た時です。実際、私のところにも、卒業を前に「卒業できない」「就職できない」と相談に来られる方がいます。
学校にいる間は計算や文章の読み書きなどは何とかパスできても、境界知能の方は適応度も低い傾向にあるため、就職活動では面接官の意図がくみ取れずうまくいかないなどのケースが見られます。
社会人になったとしても、「お金の管理ができない」「人にだまされる」「トラブルや犯罪に巻き込まれる」「乗っていた電車が止まったが適切な迂回ルートを探せない」「お客さんのニーズに応えるのが難しい」といった問題に直面する方が少なくありません。
親や先生は「今の環境でうまくやれること」「進学すること」など目先の目標に意識が行きがちです。しかし、大切なのは将来、その子が自立できるかどうか。早期から中長期的な視点で、自己肯定感を育み、応用が利かない傾向がある点をいかにサポートするかが重要です。
学校現場は「成功体験を積みにくい子」がいることに気づいて
──自立を目指すためにはどのようなことが必要でしょうか。
境界知能の方は苦手なことが多いため、達成感が乏しく自己肯定感も育まれにくい。だから、問題を乗り越える力が弱い傾向にあります。成功体験がないので、やりたいようにやれる状況に置かれたとしても動けないのです。
まずはやり方を提示して、成功体験を積ませることが重要です。こうしたプロセスを就職や社会生活と同時並行で行うのは難しいので、早期から支援を受けられるのが理想です。
しかし、発達障害や知的障害にはそれぞれ学校に支援体制があるのに対し、境界知能にはありません。通級や特別支援学級につなげるかどうかは、文部科学省や教育委員会の判断になると思いますが、現在は定員オーバーのところが多く、先生方も多忙で手いっぱいの状態だという課題もあります。