2023年度から始まる、子どもたちの才能を育てる新事業
文部科学省は2023年度予算案で、特定分野に特異な才能のある児童⽣徒の⽀援のために8000万円を計上した。ここにある「特異な才能のある子」とは、いったいどんな子どもを指すのか。
これまで才能のある子といえば、世間では「ギフテッド」と称することが多かった。もともと英語の「Gifted」とは天与の資質を意味し、何の色もついていない広義の才能を指す。ただ、米国をはじめ海外の学校教育において用いられる場合は、いわゆる英才教育プログラムを受けるに値すると認定された子どもを指すことがあり、ギフテッドというと生まれつき突出した才能のある子どもという意味で使われることが多かった。
だが、21年にスタートした文科省「特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する学校における指導・支援の在り方等に関する有識者会議」(以下、有識者会議)では、「特異な才能のある児童生徒」とし、ギフテッドという言葉は使用しない方向で議論を進めてきた。
「日本でギフテッドというと突出した才能を持つ子、あるいは特異な才能と発達障害を併せ持つ2E(Twice-Exceptional、二重に特別なの意)の子に限定して用いられる場合が多い。しかし、突出した才能といっても幅が広く、理数系というふうに学問分野を限定できないし、IQだけで才能の程度を測れるわけでもありません。また発達障害を伴わない才能児もたくさんいます。ギフテッドという言葉は使う人によって意味が違い、特別な指導・支援を必要とする対象者のイメージも異なるため、用いないことにしたのです」
こう話すのは有識者会議の委員で、才能教育について長く研究を続けている関西大学名誉教授の松村暢隆氏だ。社会情緒的な問題で学校の活動に適応ができない子どもの場合、病院で知能検査を勧められることがある。実際受けてみたらIQが高かったということがあり、発達障害=ギフテッドという誤解が広がったという。エジソンやアインシュタインが発達障害だったとされることから、天才=発達障害というイメージも影響しているのかもしれない。
ただ、一般的に子どもが知能検査を受ける機会は少なく、単にIQが高いという子どもならば潜在的にはもっといるはずだ。とはいえ、IQでギフテッドの子を特定できるわけではなく、ギフテッドを診断するアセスメントツールがあるわけでもない。「突出した才能とは何なのか」と考えたときに、さまざまな分野の才能を捉えようとすると、これまでのイメージが付きまとうギフテッドで議論すると混乱を招くと有識者会議では判断したのだ。
22年9月、有識者会議は特異な才能のある児童生徒への指導・支援に関する取り組みの基本的な考え方や、有識者会議として想定する学校教育のあるべき姿、その実現のために取り組むべき施策を総括した「審議のまとめ」を公表している。
「特異な才能のある子に対する指導、支援とは何か。その周知、研修の手始めとして、学校の先生向けに作成した映像教材が独立行政法人教職員支援機構のウェブサイトで2月に公開される予定です」と松村氏は話す。
米国でも「ギフテッド」ではなく「アドバンストラーナー」に
今後、才能のある子どもたちに対して、学校はどのような指導・支援を行うべきか。その大前提として、才能のある子ども、才能と障害の両方がある子どもが、どのような能力を持っているのか、その才能あるいは障害ゆえに学校で何にどう困っているのかを知る必要がある。
それを調査・報告したのが「有識者会議(第4回)アンケート結果まとめ」だ。これを見ると「生後10カ月で日本語と英語でしっかりコミュニケーションが取れる」「小3から中学数学、小5で数ⅡBを理解」「4歳で進化論、8歳で量子力学や相対性理論を理解」など、秀でた才能の一端をうかがい知ることができる。
その一方で「授業がつまらなくて登校を渋る・不登校になる」「みんなと違う部分が強調され、いじめの対象となりやすい」「早熟な知能に対して感情のコントロールが未熟」「授業を重ねるたびに無気力かつ反抗的になる子どもに対し、(教師が)怒りを感じ問題児扱いし、授業態度を叱責する」など、学校生活を送るうえでの苦難が浮き彫りになった。
もちろん、才能がある子がみんな、困っているわけではない。2Eの子であっても、周りの理解を得て学校になじんでいる子もいる。大切なのは、すべての子どもたちの可能性を引き出す個別最適な学びと協働的な学びを実現することだという。
才能教育の先進国である米国では、これまで飛び級・飛び入学のほか、知能だけではなく創造性、芸術、リーダーシップ、特定の学問のいずれかで並外れた能力・特性を示す子どもに個別の教育機会を与える才能プログラムや、トップ学力の子だけを集めて英才教育を行う学校など、さまざまな形で才能教育を行ってきた。
ただし、才能の定義や識別基準はプログラムが収容できる人数次第で恣意的に変わることがあり、才能プログラムの対象者は州や地域によって1%以下から十数%まで大きな幅がある。
「米国では現在、州・地域のプログラムが充実しているか否かで、潜在的な才能がどれだけ多く見いだされるかは変わってくるうえに、特別な才能プログラムの対象者が社会経済的に偏っていて不公正という指摘があり、公立校ではインクルーシブ教育が推進されるようになっています。また、ニューヨーク市やシアトル市などでは、才能児、2E児をギフテッドとラベル付けするのをやめ、Advanced Learner(アドバンストラーナー、卓越した学習者)という呼び方に変える動きが出ています」
日本も国立研究開発法人科学技術振興機構の「ジュニアドクター育成塾」や文科省の「スーパーサイエンスハイスクール」など国が推進する才能プログラムがいくつかある。しかし理数分野に偏重していたり、特異な才能をIQ130以上と仮定したり(総合科学技術・イノベーション会議「Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」〈2022年6月〉)しており、才能の捉え方、育て方が狭窄(きょうさく)している。
しかも、22年9月には国連の障害者権利委員会が日本政府に対し、知的または心理社会的障害のある、より集中的な支援を必要とする子どもたちを分離した特別支援教育を中止し、質の高いインクルーシブ教育に関する行動計画を採択するよう勧告した。
「障害のある子も、才能のある子も、通常学級でインクルージョンの方針で教育していこうというのが、世界的な潮流です。そのうえで、理数分野であるとか、表現力や創造性といった分野で特定の才能を伸ばすなどの目的に沿って、一部の子どもに才能教育プログラムを提供すればいい。才能を識別、選抜する方法もIQなど、どこでも一定の数値で線引きするのではなく、個別プログラムごとに要求される特定の力を評価するべき。そうすれば、どの子も個別最適な学びの中でそれぞれの能力を伸ばして輝くことができるはずです」
注目のインクルーシブ教育を具体的に推進するSEMとは
こうした特定の基準で対象者を選抜する「狭義の才能教育」に対し、すべての子どもが対象者となる「広義の才能教育」のあり方として松村氏が提案するのが、才能教育実践研究の第一人者、ジョセフ・レンズーリ教授(米コネチカット大学)が開発した「SEM(Schoolwide Enrichment Model、全校拡充モデル)」だ。
SEMでは、子どもの才能を伸ばすカギは「普通(平均)より優れた能力」「創造性(創造的に考え工夫する力)」「課題に対する傾倒(課題をやり通す力)」の3要素だと考える。これらを育み伸ばすために、学校ぐるみで通常学級をベースに各児童生徒の学習進度や学習方法などに合わせて個別化指導・支援を行う。
具体的には「拡充三つ組みモデル」というタイプⅠ〜Ⅲまでの学習体験を柔軟に組み合わせて実践する。タイプⅠは授業の中で子どもたちの興味・関心を喚起するテーマを与え、タイプⅡでグループ活動による協働的な学びでテーマに関する知識・技能を習得。タイプⅢにおいて個人、あるいはグループで習得した知識・技能を活用した探求を行い、最後にその成果を発表することでほかの児童生徒が新たな興味・関心、知識・技能を拡充していくという方法だ。
すでに山形県の天童市立天童中部小学校では、SEMの理念・方法に通じる4つの授業スタイルを採用しているという。「(仲間と教師で創り上げる)通常の授業」、到達度・学習時間などの個人差に応じるために子どもが自らの判断と責任で自由に学習方法を決める「マイプラン学習(単元内自由進度学習)」、興味・関心や生活経験の個人差に応じるために学習方法・内容を子どもたちが決め、担任と相談しながら活動する「フリースタイルプロジェクト(個人総合)」、そして「自学・自習」だ。
授業時間数は通常授業が8割、そのほか3つの授業が2割で、「一⼈で活動し学ぶことが⾃信や⾃⼰有能感を⾼める」ことにつながったり、「不登校傾向の⼦どもたちも2割の授業へ積極的に参加」したりするなど、さまざまな成果が表れている。また、子どもたちの学習意欲の高まりが大きく、教師の授業への向き合い方も変化しているという。
「こうした個別最適な学びの成功事例を数多く示したり、ICTを最大限に活用したり、教育委員会がハブとなって学校と学校外のプログラムを連携するモデルを作ったりすることで、先生の負担を極力少なくしてインクルーシブ教育が進展していくと思います」
「A rising tide lifts all boats.(上げ潮はすべての船を持ち上げる)」という言葉がある。経済やビジネス分野でよく使われるフレーズで、好景気なときは誰もが恩恵にあずかれるという意味だ。教育のシーンにおいても、全体を底上げすることで、個の才能が浮かび上がり、一人ひとりがきらめくような指導・支援が実践されていくことを願いたい。
(文:田中弘美、注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)