説得がヘタな人と難なく納得させる人の決定的差 論理に頼らず人柄を併せ持ち感情にも働きかける

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聞く者に配慮した品の良い弁論というのは、「話し方が弁論家の人となりを決める」と言わしめるほど、大きな影響力を持っている。

聴衆に支持される考えを、聴衆に好まれる言葉づかいで表現し、それを親しみやすい穏やかな口調で伝えれば、この弁論家はきちんとした立派な人――つまり信頼できる人物だ、と思ってもらえるのだ。

体内を流れる血液のように

人柄による説得は多くの場合、弁論がおこなわれているあいだ、常に表面的にはそれとわからない形で使われている(このことを、キケロは体内を流れる血液にたとえている)。
その結果、弁論や演説が終わるころには、話し手とその論敵の人柄、さらに場合によっては話の内容に関係ある人物や訴訟の関係者の人柄のイメージまでもが、聞き手のなかにすっかりできあがっているのだ。
たとえばキケロは、父親殺害の疑いをかけられたロスキウスという人物を弁護した際(前80年)に、ロスキウスが素朴で質素な農民であり、自分の父親を殺すなどという残忍な考えを思いつくような性格ではないことを、弁論の最初から最後まで強調し続けた。
それに加えて、殺害されたロスキウスの父親と敵対していた人物については、自堕落で道楽的な性格をしており、欲に駆られて凶悪な罪を犯す可能性があったと述べた。以下の1節は、そのときの弁論の中盤部分である。
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ロスキウス氏の無実を何よりも物語っている証拠について、わたしが説明するまでもないだろう――それは、田舎の質素な生活、気取らない素朴な暮らしからは、普通、このような犯罪は生まれないということだ。

穀物や木々が、土の種類と関係なくどこでも育ったりしないように、犯罪もまた、日々の生活と無関係に起こったりはしない。

都会では贅沢が生まれ、贅沢からは欲が、欲からは傲慢な心が生まれる。その傲慢さが、あらゆる犯罪や悪事を引き起こすのである。

一方、あなたに言わせれば「貧乏くさい」田舎の暮らしは、むしろ慎ましさや勤勉さ、そして公平な心を教えてくれる。[『ロスキウス弁護』75節]

マルクス・トゥッリウス・キケロ 古代ローマの政治家、哲学者、文筆家

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Marcus Tullius Cicero

紀元前106年〜紀元前43年。古代ローマの政治家・哲学者・文筆家。ローマ帝国の南に位置する街アルピーノで騎士階級の家に生まれる。シチリア属州判事時代に政治の腐敗を雄弁かつ鋭く指摘、その後、数々の官職を経験し、紀元前63年に執政官(コンスル)に選ばれる。カエサルの後継者マルクス・アントニウスと反目したことで、アントニウス側の手によって命を落とす。存命中はその卓越した文才を生かし、『国家論』をはじめ、政治や倫理、宗教、老いなど幅広いテーマで著作を記した。

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