「熱とは何か」から数々の発明 驚くほど広い守備範囲
評者/サイエンスライター 佐藤健太郎
「熱力学」と聞いてどんな学問かピンとくる人はおそらく少数だと思う。「熱や物質の輸送現象やそれに伴う力学的な仕事について、系の巨視的性質から扱う学問」なのだが、これでイメージが湧くだろうか。
この分野を築いたカルノー、クラウジウス、ボルツマンといった科学者たちの知名度は、シュレーディンガーやアインシュタインといった理論物理学のスーパースターに比べれば、はるかに低い。
だが、熱力学が世界に与えた影響は、量子力学などに比べても決して劣らず、日常生活の面では熱力学の方がずっと身近ともいえる。冷蔵庫の原理やウェブを支える情報理論も、もとをたどれば全て熱力学に行き着く。環境問題やエネルギー問題を考えるにも熱力学は欠かせないし、なぜ生物はものを食べねばならないか、宇宙はどのように終わるかといった問題も、熱力学の言葉で説明ができる。熱力学は、驚くばかりにリーチの長い学問分野なのだ。
本書は、激しく切磋琢磨しながらこの分野を作り上げた巨人たちの生涯を丁寧に追いつつ、その重要性を解き明かしていく。19世紀初頭、蒸気機関の効率改善の試みから、熱力学は産声をあげる。熱とは何か、原子などというものが本当にあるのか、誰も答えを知らない中で科学者たちは苦闘を続け、徐々にエネルギーやエントロピーといった、抽象的でつかみどころのない概念が形をなしてゆく。
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