コロナワクチンに「最速で9月量産」という光明 英オックスフォード大学が早くも治験開始
社会的な距離を保つソーシャルディスタンシング政策やその他の要因でイギリスの新規感染率が低下し続けた場合、臨床試験ではワクチンの有効性を示すことはできないかもしれない、とヒル教授は言った。
プラセボ(効果のない偽薬)を投与された被験者の感染率が、ワクチン接種を行った被験者の感染率と同じくらい低くなってしまう可能性があるからだ。そうなれば、研究者は別の場所で追加の臨床試験を行わなければならなくなる。すべてのワクチン開発計画が、こうしたジレンマに直面している。
大量生産が可能な「土台」
ジェンナー研究所が開発するワクチンは、身近なウイルスの遺伝子コードを改変する技術を用いている。従来のワクチンは弱体化させたウイルスによって免疫反応を引き起こすが、この研究所が使用する技術では別のウイルスを非活性化したうえで新型コロナウイルスを模倣する。この“無害な偽物”を体内に注射することで免疫を誘導する仕組みだ。この免疫が新型コロナと戦い、体を保護する。
ヒル教授は、チンパンジーで発見された呼吸器系ウイルスに手を加え、マラリアなどの病気に対するヒトの免疫反応を引き出す技術の研究を何十年と続けてきた。同研究所は過去20年間で、マラリアの原因となる寄生虫に対する潜在的なワクチンの臨床試験を70件以上実施してきた。が、まだ成功に至ったケースはない。
だがヒル教授がテストしたワクチンは、2014年に100万回の投与が可能な規模で製造された。もちろん効果が実証されることが前提だが、コロナウイルスワクチンの大量生産が可能となっているのには、こうした土台がある。
ヒル教授とともに長年研究を続けてきたサラ・ギルバート教授は、同じチンパンジーウイルスを改変して、MERS(中東呼吸器症候群)を引き起こしていた別のコロナウイルスに対するワクチンを開発した。イギリスの臨床試験で安全性が確認された後、昨年12月にサウジアラビアで別の臨床試験を始めていた。サウジアラビアでは、今も致死率の高いMERSの感染が珍しくない。
今年1月に中国の科学者が武漢で謎のウイルスの遺伝子コードを特定したと聞いたとき、ギルバート教授は自分たちのアプローチのスピードと汎用性を証明するチャンスかもしれないと思ったと言う。
「『ちょっと、試しにやってみるか』という感じだった」と教授は振り返った。「研究所のちょっとしたプロジェクト。それで論文を出そう、と」。それが「研究室のちょっとしたプロジェクト」のままでなくなるのに時間はかからなかった。