入館者大幅増、鉄道&おもちゃ美術館の合わせ技 列車から始まるユニークなミュージアム体験

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「美術館の第一展示室となる列車を、ぜひ実現させたい」

鳥海山木のおもちゃ美術館前を通過する鳥海山おもちゃ列車「なかよしこよし」。ここに新駅を設置する構想だった。列車通過時にはミュージアムの人々が手を振ってくれる(筆者撮影)

そう考えた多田氏は、当時の春田啓郎由利高原鉄道社長に「おもちゃ列車」を提案した。利用者減に苦しむ同社にとって車両の改造は簡単なことではなかったが、約1500万円の改造費用を由利本荘市が負担することで実現。2001年製造のYR-2001形が、砂田氏のデザインによって鳥海おもちゃ列車「なかよしこよし」に生まれ変わった。鮎川駅の改装費用はクラウドファンディングで集められ、シャトルバスを待つ間に遊べる「こどもまちあいしつ」などが整備された。

「おもちゃ列車に乗った瞬間からミュージアム体験が始まり、おもちゃ駅で降りて、格好いいシャトルバスに乗るとおもちゃ美術館の”本館”に到着する。列車で出かけることが、1つのストーリーになるのです」(多田氏)

「子育て支援」と「鉄道」が人々を惹きつける

2018(平成30)年7月1日、鳥海山木のおもちゃ美術館が正式オープン。同時に、鳥海山おもちゃ列車「なかよしこよし」も運行を開始した。ミュージアムには想定をはるかに上回る人が押し寄せ、おもちゃ列車も好調なスタートを切った。とくに週末は多くの人がおもちゃ列車に乗ってミュージアムを訪れている。もっとも、鮎川駅まではたったの12分で着いてしまうため、終着の矢島駅まで乗り通し、家族の運転で先回りした自動車でミュージアムに向かうというケースが多い。

鳥海山木のおもちゃ美術館が好調なスタートを切った第一の要因は、佐藤氏をはじめとする関係者の地道なPR活動にある。オープンの2カ月ほど前から、秋田・岩手・山形などの子育て施設を220カ所あまり訪れ、PR活動を行ってきた。また、単なる展示施設ではなく、おもちゃ学芸員たちとともに自由に遊べるコミュニケーションミュージアムとしたことも大きい。おもちゃ学芸員は、子どもたちとの交流にやりがいを感じるボランティアで、正式な講習を受けている。どんな世代でも、何度来ても楽しめる空間がリピーターを生み、人口の少ない地域でも最小限のランニングコストで持続可能な施設を成立させているのだ。

「そしてもうひとつ、やはり鉄道の持つ力は大きいと感じました」

佐藤氏は語る。「子育て支援」が周辺地域の人々を惹きつける一方、「由利高原鉄道との連携」は、首都圏をはじめ全国の人々を引き寄せる。レールファンを中心とした有志による「由利高原鉄道応援団」は、都市部やネット上で熱心な応援活動を行っているし、たまたまゆりてつを訪れた旅行者が、おもちゃ列車と鮎川駅を見てふらりとミュージアムを訪ねるケースも多い。

課題は、由利高原鉄道の業績改善までには至っていないことだ。現在の年間利用者数は22万人ほどだが、黒字転換には8万人以上上積みが必要とされる。おもちゃ列車を単なるシンボルとせず、「おもちゃ美術館に行くなら由利高原鉄道に乗らないと損」と思わせる施策が必要だ。

鳥海山木のおもちゃ美術館と由利高原鉄道の取り組みは、地域活性化のひとつのヒントとなるだろう。

栗原 景 ジャーナリスト

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くりはら・かげり / Kageri Kurihara

1971年東京生まれ。出版社勤務を経て2001年独立。旅と鉄道、韓国をテーマに取材・執筆。著書に『新幹線の車窓から~東海道新幹線編』(メディアファクトリー)、『国鉄時代の貨物列車を知ろう』(実業之日本社)等。

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