早大卒のプロ棋士が語る「大学に通った意義」 中村太地はどうやって学業と両立させたか

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――早稲田大学では政治経済学部へ進みましたが、選択した理由は?

政経学部か法学部に行きたかったんです。迷っていたときに学内でのうわさでは、「政治経済学部は結構出席がゆるいらしい。法学部は出席しなきゃいけないらしい」と(笑)。プロでは平日に対局があるので、授業に行けない日も出てくる。そういう現実的な面もあったのですが、単純に自分に合ってるんじゃないかなと思いました。高校時代にその導入部分の勉強をして、興味が湧いたのです。将棋以外のことを知ることのできる良いチャンスに見えました。

周りにはずいぶん助けてもらった

――大学時代にはどんな苦労がありましたか。

いくら将棋のプロでも、授業を休むとプリントはもらえないし、ノートも取れません。友達に協力してもらって、ノートを写させてもらったりとか、プリント取っておいてもらったりとか。周りにはずいぶん助けてもらいました。

友達は、僕がプロ棋士だっていうのは知っているのですが、どんな活動してるのかっていうイメージまでは見えなかったと思います。僕は僕で友達の様子を羨ましく見ていました。だらだら暇つぶししたり、サークルやバイトに行ったりする姿ですね。大学の将棋部に顔を出すこともありましたが、プロなので学校の大会には出られないんです。

なかむら・たいち●1988年生まれ。早稲田大学卒業。高校時代に四段に昇段、プロ棋士に。米長邦雄永世棋聖の門下で学ぶ。昨年の第65期王座戦五番勝負では羽生王座(当時)との死闘の末に王座のタイトルを獲得した(撮影:梅谷 秀司)

大学時代、将棋のほうはそんなに冴えていませんでした。卒業してからのほうが活躍できるようになった。大学時代は、将棋にかける時間が少なかったと思います。授業に出たいというか、出ざるをえないことが多かったからです。課題レポートも試験も……。プロ棋士は平日に将棋の研究会を開いたりもするんですが、大学生のときはできなくなってしまいました。

ゼミにも入っていました。選挙の投票行動を計量的に分析して、その原因を探っていました。それが結構楽しい作業で。どこか将棋の手を探すのに似ているんです。ゼミでの勉強と将棋がシンクロしているような妙な感覚がありました。大学には教養科目もあるじゃないですか。宗教学や広告関係の授業が面白かったですね。

早稲田大学は規模が大きいので、さまざまな背景を持った人、さまざまな地域の人が集まってきます。真面目に勉強している人がいれば、麻雀に精を出している人、バイトに力を注ぐ人もいる。夢だけ追いかけている人もいましたね。大学時代にそんな人たちと知り合える機会があってよかった。今でも交流がある友達も多いです。

棋士の世界って、狭い世界でプロ棋士も全国に150~160人しかいない。どうしてもモノの考え方などが似てくるようなところがあります。だからこそ、大学時代の知り合いが大事になってくるのです。

――大学を卒業したプロ棋士はまだ少ないのでしょうか。

少ないと思います。将棋界は「学校に行っているヒマがあったら将棋の勉強をしろ」という風潮でした。ただ、時代が少し変わってきて、下の世代は半分まではいかないけど、大学に行く棋士が増えてきました。

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大学に行ったことが、将棋の技術そのものに役立っているかどうかは正直わからないです。でも、その後の人生が豊かになったのは確かだと思います。ちょっとしたときにいっしょに飲みに行ってくれる友達がいる。それが人生の豊かさを実感するときです。

友達は普通の企業や役所に勤めているサラリーマンたちです。上司や部下の関係など、仕事の話は興味深いですし、「もし自分がそういう人生歩んでたら……」なんて想像することもあります。やっぱり将棋よりも企業の世界のほうが広いし、社会との関わりは深い。

将棋の世界しか知らなかったら、将棋で失敗してしまったときに一気にダメになってしまいそうな気がします。でも、僕は別のアプローチから物事を解決できるような気がしています。大学時代の経験や友達とのつきあいが役に立っているはずなのです。

堀川 美行 東洋経済 記者

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ほりかわ よしゆき / Yoshiyuki Horikawa

『週刊東洋経済』副編集長

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