(第16回)山口百恵をめぐる阿久悠の「対決」

●「私」を語らないアイドル・山口百恵

 ここに、幻の個人新聞『月刊 You』のユニークさがあった。
 つまりこのメディアは、浮ついた芸能マスコミ情報を吹き飛ばす、真剣勝負の場だったのだ。

 それが証拠に、阿久・倉本対談の載った同じ号には、なんと山口百恵と篠山貴信の往復書簡まで掲載されている。そこで百恵は、「先生にお願いがあるのです」と切り出し、ぜひ自分を使った映画をお撮りになってくださいと懇願している。

 実際には、この企画は実現しなかった。倉本聡も阿久悠も結局は、百恵を捕まえ損ね、使い損ねたのである。だが今となっては、むしろ両者の山口百恵との"運命的すれ違い"の記録こそが、『月刊 You』という同時代のメディアとしての貴重さを物語っているように思われる。

 では何が倉本や阿久を、これほどまでに"百恵狂い"にさせたのか。
 一口にそれは、山口百恵が「虚妄」にすぎない「希望」を毅然として拒否できる、優れて70年代的なパフォーマンスに長けた歌い手だったからではないか。

 彼女もまた、徹底して70年代の「今日を生きる」人間だった。
 『山口百恵は菩薩である』(平岡正明著)という本まで現れるほどのカリスマ百恵には、『蒼い時』(80年)という書き下ろしエッセイがある。残間里江子のプロデュースで話題になった、タレント本のはしりである。多くのファンはそこで山口百恵が、告白的に「私」を語っていると思い込み、この本を手に取った。しかし、彼女の歌がそうであったように、そこに山口百恵というカリスマ的スーパースターの"正体"が暴露されているわけではなかった。

 『蒼い時』は1980(昭和55)年、三浦友和との婚約発表から日本武道館での最後のワンマンショーまで、百恵フィーバーに沸いた70年代末に刊行され、ベストセラーになった。70年代という日本の戦後にとって、光と影のコントラストが鮮やかだった最後の時代に幕を引くように引退した彼女は、決して「私」を語らないアイドルでもあった。

●阿久悠と山口百恵の“すれ違い”

 作詞家・阿久悠と歌手・山口百恵の"すれ違い"は、それだけに興味深いものがある。70年代をリードした阿久悠もまた、歌の中で安易に「私」を語らせない作詞家だったからだ。

 「山口百恵が、レコード大賞その他の音楽賞を狙える位置にいた時、常にその対極にあって、彼女の受賞を阻んでいたのが、皮肉なことにぼくであった」(『夢を食った男たち』)

 こう語る阿久悠は、百恵への最大級の讃辞を惜しまない。『北の宿から』(76年)で『横須賀ストーリー』の、『勝手にしやがれ』(77年)で『イミテーション・ゴールド』の、『UFO』(78年)では『秋桜(コスモス)』のレコード大賞受賞をそれぞれ阻止した阿久悠は、だがその会場に居合わせた敗者・山口百恵が、毅然として立ち去っていく後ろ姿に圧倒されるのだ。

 「喪服のように黒いドレスで、彼女の遠ざかる客席通路のあたりがシンと静まりかえり、空気の凍(い)てつく気配さえ伝わって来て、ぼくはステージ上で笑顔をこわばらせたことがある。それは、考えようによっては、受賞者を道化にしてしまうくらいの、強烈な矜持(きょうじ)の証明であるようにさえ思えた」(同前)

 1959(昭和34)年生まれの百恵に、20歳以上も年上の阿久悠が、これだけの畏怖を感じていたのである。「私」を語らないこの無冠の女王は、そのことによって「私」を超えた存在だったのだ。

 そして百恵の引退とともに、80年代歌謡の幕が開く。松田聖子、中森明菜の時代からJポップの全盛時代へ。端的にそれは、「私」の露出度の高いタレントの登場と、「私」を全面に押し出した、歌による「私」語りの隆盛を意味した。
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