グレイシー親子「RIZIN」参戦を辞退した理由 ヒクソンの息子・クロンが見た日本人像

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だが、クロンにとっての日本は違った。敬愛する父を、可愛がってくれた叔父を、血祭りにあげようと目論む者たちの国だった。幼いころから一族の戦いに同行し、その一部始終を目の当たりにしてきたクロンにとって、日本は、敵だった。不信の対象だった。

「日本人にとって、俺たちはグラディエーターみたいなものだろう。見せ物として戦い、観衆を満足させるために時には命も落とす。だが、ローマ時代の彼らと俺が違うのは、彼らは奴隷だったが、俺はそうじゃないってことだ。もし俺の戦いを見て興奮したいのであれば、それに見合った対価を支払う必要がある」

クロンが要求してくる額は、柏木の裁量として任されていた額を大きく超えていた。それでも、彼がカネに困っているならば、あるいは戦いの舞台に立つことを欲しているならば、まだ交渉の余地はあった。クロンは、そのどちらでもなかった。

2015年末に産声を上げた世界最強を決める格闘技イベントは3年目を迎えることになる。(写真:(C)RIZIN FF、2016年)

「カネが原因でRIZINのリングに上がらない、なんていうと、すごく感じの悪い守銭奴みたいに思われる人がいるかもしれません。でも、交渉で手こずらされてる自分がこんなことを言うのもなんですけど、彼、ホントにいいやつなんです。生活はすごく質素で、いわゆるスローライフを実践している。スケボーが好き。サーフィンが好き。トレッキングが好き。仲間が好き。経営しているジムやプライベートレッスンで生活費は十分稼げてますから、戦わなくても生きていける。はっきり言えば、彼、戦うことに興味がないんです」

もしあなたがクロンから柔術の手ほどきを受けようと思えば、2時間で1500ドルほどが必要になる。そして、彼が住むロサンゼルスでは、セレブたちが彼のレッスンを受けるために列を成している状態だという。

日本に不信感を抱いているクロン。戦うことに興味がないクロン。
 カネを要求しながら、カネに困っているわけではないクロン。

そして──。

2000年、ホクソン・グレイシーが突然死

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「兄が死んでからの俺は、家族のため、父のためにもう十分やってきた。これからはもう、父の指図は受けない。自分のやりたいようにやっていく」とクロンは話したという。

自分が幸せでない人間が、どうして他人を幸せにすることができようか。インタビューの時、ヒクソンはそう言っていた。同じことを、息子が言っている。父親の介入を拒む理由として、口にしている。柏木は、運命の皮肉を感じずにはいられなかった。

父が息子の現在や未来を案ずる一方で、父の信念を忠実に受け継いだ息子は、信念を受け継いだがために、父に対して拒絶反応を示すようになっていた。ヒクソンが別れ際に言った「クロンの口からは聞きたくないからな」という言葉が、柏木の脳裏に甦った。

もはや、父親の言葉にも耳を貸さなくなったクロン。そんな男を、どうやって口説き落とせばいいのか。

柏木信吾には、道を見つけることができなかった。

(文中敬称略)

金子 達仁 スポーツライター

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かねこ たつひと / Tatsuhito Kaneko

1966年神奈川県生まれ。法政大学社会学部卒。サッカー専門誌の編集部記者を経て、1995年独立。1996年、『Sports Graphic Number』誌に掲載された「断層」「叫び」で、ミズノスポーツライター賞受賞。スポーツライターだけでなくノンフィクション作家としても活動するほか、ラジオパーソナリティ、サッカー解説など多数メディアに出演。2006年~2010年まで日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。代表作に『28年目のハーフタイム』『決戦前夜』がベストセラーに。アスリートやアーティストのこだわりやストーリーにフォーカスを当てたスポーツメディアKING GEAR(キング ギア)生みの親。

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