買春エリート夫の「家庭のため」という言い分 「不倫はしない、妻は大事」なのになぜ?

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「もちろんだとも」とマーティン。ちょっと頭に来たみたいで、それから静かにこう尋ねてきた。「結婚生活がうまくいかなくなったことはないか?」

「実はあります」

「ならわかるだろ」

優しくしてくれる若い子で、ぼくのことをひどいやつだとかイヤなやつだとか思わない、そんな子とお付き合いしたいと思わないのかってことなら、もちろん思う。

でもこういう形で彼のいる世界に取り込まれるのはいやだった。ぼくのことを話すためにのこのこ出てきたんじゃないわけだし。ぼくは研究者だ、研究対象じゃない(これがどんだけ言い訳じみてるか、書いてる今になってようやく気づいた。でもあのころ、自分の問題のことはもういっぱいいっぱいだったし、何事かを観察するには、自分の身に危険が及ばないだけの距離を保たないといけないというのもある)。

高級売春婦の買い手は勝ち組エリート

「あなたにほんとに必要なのは結婚カウンセラーじゃないかって気がしますけど」とぼくは言った。「それか、精神科のお医者さんとか」

マーティンは首を振った。「セラピーとかぜんぜん信じてないし。このほうがいい。キャシーと話すのがずっといい」

それからマーティンはわざわざやってきて伝えたかったことを話し始めた。それは、言い訳と自慢とが微妙に混じり合った奇妙な話だった。

「わかってもらわんといかんのは、ぼくみたいな連中はとても稼いでいるんだ。勝ち組なんだな。学生時代はモテモテ、投資銀行や法律事務所の若手スターだ。

そんなぼくらがクソったれセラピストんとこへ行って腰かけて、ママが愛してくれなかったのなんて泣き言ほざいたりはせんのだよ。そりゃ負け犬だって。1000ドル払って若い美人に相手してもらうようなやつは遊び人って言うんだよ。で、そうやってる男は家に帰ってもイライラしたり怒ったりはしなくなる。いいダンナでいられるんだ」

マーティンは注意深く言葉を選んで話す。語気もちょうどいい塩梅に強めたりして、華々しくて目がくらみそうなほど正直に話し、思わず感動しそうな一席を演じて見せた。「君はいい聞き手だな」。語りきった彼はそう口にした。

これにはちょっとうろたえた。それからぼくは、普段キャシーが彼にしてあげてる役目を、今ぼくが果たしたんだなと察した。同時に、また別のドキュメンタリーを撮るのを思い描いてしまった。高級売春婦の買い手たちが抱える、込み入った日常と複雑な動機の実録だ。(編集部注:本書の著者ヴェンカテッシュは、研究と並行してドキュメンタリー映画の制作もしていた)

「ぼくの友だちには、君にこういう話をしたくてしたくてたまらん連中がたくさんいると思うよ」とマーティン。「連中に電話させてもいいかな?」

「ぼくは、その、ぼくは……なんて言っていいか……」。ぼくは口ごもった。

でも、そこでテーブルに置いたマーティンの電話がブルブル言った。「すまん、職場からだ。行かなきゃ」

彼は急いで出て行った。ぼくは座ったままテーブルに残された。

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