「失礼します」の日本語に込められた深い真意 人は目に見えなくても支えられて生きている
習慣としての言葉
少し改まった場所に入る時、自然と口から出る言葉に「失礼します」があると思います。多くの方が、子供の頃、小学校や中学校などで職員室に入るときなどは必ず「失礼します」と言うように教わったのではないでしょうか。その延長で、日常生活でも職場の社長や上司のいる個室、または訪問先で個室に通された時など、かしこまった場所に入る時は「失礼します」を口にすることが多いと思います。
私の場合、「失礼します」と口にすることを家で厳しくしつけられていました。実家がお寺ということもありますが、本堂やお仏壇がある部屋に入るときは、必ず「失礼します」と言ってお辞儀をするのが決まり事でした。
この習慣は、アメリカ留学のときも抜けることはありませんでした。例えば、アメリカでは大学の教授の研究室に入るときは、通常はドアをノックして開け、フランクに「Hello, how are you?」(こんにちは。ご機嫌いかがですか?)や「May I come in?」(入っても宜しいでしょうか?)と声をかけます。そして、教授から「Please come in」(どうぞ!)と返答があってから入室します。
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